「鉢屋先輩」

 三郎が縁側でゆるり茶を飲んでいると、きり丸が駆け寄ってきた。黒髪を翻し存外に幼い表情を見せる。

「ここにいらしたんですね」
「どうした。小遣いでもたかりに来たか」

 違いますよぅと笑う。隣に腰掛け、上目遣いで三郎を見る。

「不破先輩はどうしていらっしゃいます?」
「あぁ、元気にしている。この間も古本市で買うか買わぬか迷ってな、市が閉じるまで粘ったもんだから店主にまけて貰えたらしい」
「らしいですね。
 中在家先輩のことはご存じないですか?」
「先輩もお元気らしいぞ。雷蔵から聞いた話だがな。忍としても素晴らしい最後を迎えられたそうだ。今は、生家近くの村で子供に読み書きを教えながら貸し本屋を営んでおられるらしい」

 訪ねてみるといい。と言うとそうですね。と応えた。話が途切れ沈黙が訪れる。不得手なことをせねばならぬか。三郎は心の中で嘆息した。

「これは本来雷蔵の役目なのだろうが」

 きり丸の頭を優しく抱き寄せる。

「伊助を行かせたのはお前だそうだな」

 きり丸は応えない。されるがままに、胸に顔を埋める。

「お前の判断は間違っていない。私でも、誰でもそうしたさ。けれど」

 辛かったろう。頭を撫ぜれば胸が濡れた。まだ十五の少年が抱えるには大きすぎる責。それを進んで抱えようとしたきり丸の、忍らし過ぎる思考が三郎には悲しかった。この子は優しい癖に、それを覆い隠すことのできる合理性がある。さぞ腕の立つ忍になるだろう。
 願わくば、その優しさが彼を喰い殺してしまわぬようにと、柄にもなく願った。



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