先に口を開いたのは人の方だった。

「お前…狐だよな……」

 先に動いたのは狐の方だった。駆け寄って飛び付いて縋り付いた。如何程迄に求めたか。この温もりを、この愛し子を。縋り付き腕の中に閉じ込めた。人の腕は同様に狐を絞め殺さんばかりに抱き締めた。誰がこの手を放そうか。狂う程に求めた獣の温もり。何に変えても放しはしない。二人は抱き合って言葉にならぬ声を上げた。声は涙に変わり互いを濡らした。日が落ちる迄、そうして互いを感じ合った。



 日が落ちて暗い神社の境内で、凭れかかる様に座した狐は人に尋ねた。これまでどうしていたのか、今はどうしているのか。人は、武家の女に連れて行かれたこと、その家で養子に貰われたこと、しかし人ならぬ振る舞いが家の者の気に障り忍術学園なるものに追いやられたことを話した。

「今は、幸せに暮らしているのか?」

 この問いを発するとき、狐の心は二分された。人の幸せを願う一方で、人の不幸を願った。

「幸せ…なんだろうな。飢えはしないし食い物は美味い。住む所があって不自由はしていない。まさかと思ったが友も出来た。そうそう死ぬこともない」

 だが…と人は続ける。狐の心を読んだか続ける。

「生きた心地がしない。まるで飼い殺されている様だ。お前と生きた日々のあの、生への執着と焼け付くような実感がどこかへ行ってしまった」

 あぁ。ぎらぎらと輝く目。変わっちゃいない。この人は、人間の中で生きつつも獣の生き様を忘れちゃいない。狐は嬉しくなった。嬉しくてまた、涙を零した。

「ならば、また私と暮らすか?」
「…そうだな」

 それもいい。と人は呟いた。

「殺しちまったしな。あいつ。俺、お前と離されてから殺生はしてないんだぜ」
「あいつは何なんだ?」
「俺とまぐわりたかったそうだ」
「何でまた。雄同士だろう。子を成せぬまぐわりに意味があるのか?」
「関係ないらしいぞ。これは生きていることを実感するためのものだそうだ。馬鹿馬鹿しい。てめぇみたいな腑抜けが俺に何を実感させてくれんだってな。流石に殺っちまったのは不味かったが」

 ふむ。と狐は思案する。戯れに女を犯すことはあったがそんなことは考えてもみなかったし、そんなものは実感しなかった。同属とまぐわって仔を成そうとも思わない。しかしこいつならばどうだろう。こいつならば、その生きる実感を感じさせてくれるのではないか。感じさせてやれるのではないか。
 肩に腕を回して顔をこちらに向かせる。人の顔はにぃと笑んでいた。

「同じこと考えてるな」
「存外、お前が私の望んでいたものかも知れぬ」
「抱けよ。俺もお前に抱かれたい。俺をあの頃へ連れ戻してくれ」

 白い肌に散った血を舐め取って、破れた衣を更に引き裂いて。正しく獣と行為を致した。あぁ、生きている。これまで感じたことのない快楽に、確かに生を感じた。生きている生きている。私達は生きている。止まることなく貪りあった。そこにあったのは実感と、名付けようもない心地。それが愛だとは互いに知らぬ。




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