忍術学園に、鉢屋三郎の素顔を知るものはないと言われている。謎の多き人物である。
彼の者は学年が四に上がるまで、は組であった。目立たぬ生徒であったという。そして、それまでの友人は皆退学し、或いは不運な事故に捲き込まれた。教師も同様である。それ故彼の者が如何な学園生活前半を過ごしていたのか知るものはない。
彼の者が特に親しく過ごす四人もまた、その生来大雑把だったり細かいことは気にしなかったり、何かを悟って口をつぐんだり。
ただ一人、正確にその素顔から成り立ちから知ってはいるのだが、その者もまた、人に知られてはならぬ秘密を抱える身。知らぬ顔をして彼の者に寄り添う。
知りたい。とは何ともつかぬ厄介な欲求である。天才の呼び名を欲しい儘にする彼の者に、酷くしてやられたい組が二人。如何に貶めてやろうかと夜闇にひっそり語り合う。
「止めておけ」
低い声は朗々と響く。学友の忠告は、しかしその者が秀才たることにより無駄な嫉妬を呼び覚ます。
放って置けと二人は逃げる。見送るその者の後ろに影。
「忠告とはお優しい」
「お前がやり過ぎないようにだ。三郎」
三郎。と呼ばれた者は、長い八重歯を覗かせて笑う。くつくつと、たぎる油の様な笑い声。
三郎。と呼んだ者はそんな笑みに笑みを返す。同じ形に唇を吊り上げ、やがて親しげに唇を重ねて歯列を舐め摺る。果たして舌を絡めたのはどちらからか。
たっぷりと深い口付けを交わして、やがてどちらともなく夜闇に消えた。何せ片や忍、片や妖孤である。
二人が出逢ったのは数えで五つに足らぬ頃、互いに名前すら持たぬ頃であった。
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