「なぁ、ちょっと聞きたいんだが」

 俺は嫌がったのに無理やり手を握られ、手を引かれながら長屋に帰る途中。声を掛ければ締りのない顔をした三郎が振り返った。

「何だ?」
「お前、どうして俺に抱きついてたんだ?」
「あぁ…」

 顔を前に戻して少々思案する三郎。俺も返事を急かすことはなく、ただ待つ。

「お前が泣いてるのを見たときなぁ…ここが痛くて仕方なかったんだ」

 そう言って三郎は空いたほうの手で左胸を押さえた。

「何がどう作用したのか分からないがな。だからどうにかして止めようかと思ったんだが、だからってどうやったら止まるものか皆目見当がつかずにああなったという訳さ」
「お前の言うことはよく分からない」
「私は、お前が泣いているのが一等嫌いらしい。だから、どうにかしたかったんだよ」

 口先の軽い男だ、と素直な感想を胸の内に止めて、大人しく手を引かれるに任せて帰る。すると今度は三郎の方が問いかけてきた。

「それで、お前授業はどうするつもりだ?」
「受けるさ。両方な」
「構わないのだぞ。お前の仕事は選択できるようにしてやるし。嫌ならば受けなければいい」
「でも」

 くしゃみを一つ。その瞬間だけ少し立ち止まって、その瞬間だけ言葉が途切れた。

「お前がどちらも受けるのなら、俺も受ける。お前と違う所に立つつもりはない」

 飽くまで対等でありたいと、そのつもりで言った言葉を、三郎はどう解釈したのか、存外愛されているなぁと呟いた。否定するのも何か違う気がして、代わりに、握られた手に少し力を込めた。



後書
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