「あ」

 不意に、本当に不意に頭上から声が落ちてきた。正確には横から。しかし上からと紛うばかりに唐突なその声は、

「硝煙蔵の鍵かけてない」

と続けた。そのままもごもごとうごめいて、やっと私の存在に気付いたのか、さぶろう?と呟いた。
 お前さっきまで泣いていたんじゃなかったのか。何故硝煙蔵で泣き止むんだ。と言うか、お前私の存在を疑問形にしているがさっきまでの記憶はちゃんとあるんだろうな?
 そんな思考を回らない頭に巡らせて、結局言葉にならずにただ、まじまじと兵助の顔を見詰めた。正しくは、睨んだ。

「さぶろう…おれ、硝煙蔵の鍵かけに行かなきゃ…」

 気まずそうに、掠れた声で目を逸らしながら兵助は言った。顔は相も変わらずぐしゃぐしゃで、しかし懐紙や手拭いの持ち合わせはなく、仕方なく頭巾で顔を拭いてやる。

「お前な…」
「さぶろう…鍵…」

 溜め息をこぼせば、不安げな上目遣いで見上げてくる。普段よりぐっと幼い動作に再度溜め息を吐いた。




 兵助について硝煙蔵まで向かった。そそくさと鍵をかけようとするその肩を抱き、有無を言わせず中へ連れ込む。きっちり話を聞かせて貰わなければならない。扉の前にどっかり腰を降ろしてもう一度、しっかとその顔を睨み付けた。

「それで?」
「え…なんだよ」
「惚けんな。何で泣いてたんだよ」
「…だって」

 そこでまた、ぼろぼろと見開かれた瞳から涙が溢れた。しかし今度は己を失うことはなく、歪めた口の端から言葉が漏れる。
 聞けば、自己嫌悪と家庭環境に対する劣等感と、友人に対する嫉妬羨望が、よくもまぁその涼しい顔の裏側にそこまで溜め込んだものだと呆れを通り越して感心する程だった。もう一度頭巾で涙を拭いてやると、やっとのことで涙を止めた兵助が、こちらの手を押し遣った。

「もう平気だ。それに俺は子供じゃない」

 そこまで泣けたら充分子供だ。という言葉をどうにか飲み込んで。だってそこまで溜め込んだ思いの重さまで否定するつもりはない。代わりに肩をぽんと叩いた。
 いつの間にやら、かなり辺りは暗くなっているらしく、明かり取りから覗く空は藍色を帯びていた。




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