兵助は安定した人間だと思っていた。感情の振り幅は人並みにあるが、例えば怒ることがあっても怒鳴り散らすことはなく、笑いはしても笑い転げることはない。そんな人間だと思っていた。そして、兵助のそんな部分に甘えていたのだ。
兵助は泣いていた
勢いよく上げられた顔は涙に濡れてぐちゃぐちゃになっていた。半開きの唇からは木枯らしのようにひゅうひゅうと息が漏れている。疎らに額に貼り付いた前髪。兵助は、私を見てしばらく口をぱくぱくとさせて、顔を歪めて涙と嗚咽を溢す。
「さぶろ…どうしてっ…」
それ以上は言葉にならずわぁわぁと、声も嗄れよとばかりに泣き叫ぶ。
普段、回転の速さを自負していた脳髄は完全に活動を停止した。どう声をかけようか、何をしてやろうか、一体何があったのか。脈絡のない思考が巡る。兵助が泣いている。顔をくしゃくしゃに歪めて赤子のように泣いている。胸が痛んだ。どこか、分からないところで胸が傷んだ。
「兵助…」
「うぁ…あぁ…ああぁぁっ!!」
不意に兵助が手を振り回した。追い払おうとするのか、縋り付こうとするのか。否、縋り付いたのは私の方だった。
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