悩んでいた訳ではない。そもそも、悩むことなどこれっぽっちもないはずなのだ。けれども気鬱は晴れなかった。
「あれ、雷蔵?」
夕刻間際、硝煙蔵の表を掃除していると、雷蔵に会った。更にその後ろから勘ちゃんとハチが顔を出す。
「何してんの?」
純粋な疑問から尋ねれば、三人は目配せし合い突っつき合い、しばらくもじもじした後にようやく話し出した。
「選択授業を、な。決まったから、先生のところへ」
「ふぅん」
「いやぁ悩んだんだけどな。俺は元々猟師の生まれだし、自分家族と里が守れたらそれで良いんじゃねぇかって思って。勿論忍にはなりてぇけど、そんなに長く続けられる仕事でもねぇし。
だから何も選択しないことにした」
ハチは照れ臭そうに、けれどしっかりとこちらを向いて言った。
「僕はね、何がしたいかなって考えた時に、日本中の書物を見てみたいと思ったんだ。フリーの忍者をしながらふらふら全国を旅するの。だから、受ける仕事も選べるかなぁって。
僕もハチと一緒で何も受けないつもり」
雷蔵の声は楽しげだった。思わず応援したくなるくらい。
「兵助兵助、聞いて。俺はね、二人と違って殺人術だけ受けようかなって思う。
俺、でっかい城の忍になるのが夢だから。んで全国統一の立役者になるの。凄くね」
勘ちゃんは無邪気。いつものように笑っている。
「兵助は、もう言いに行ったんだよね」
勘ちゃんの言葉に、返事を返すことができなかった。小さく首を振ると、ハチが言った。
「んじゃ、兵助も一緒に行くか?」
「…まだ」
硝煙蔵の掃除があるからと、吐いた言葉はずっと小さく情けなく。雷蔵が待とうかと言うのにも、まともな返事が出来なかった。
三人が去って、どうしようもない自己嫌悪に陥った。三人の口調と表情が目に耳に焼き付いて離れなかった。悩んで考え抜いた末の決断が羨ましいとすら思った。
自分にはそれが出来ない。実家からたまに届く文やら、正月にのみ帰るその時の家の反応やら。そういったものが真綿で首を閉めるようにじわじわと息苦しくさせる。
発作のようなそれを、一人になってやり過ごそうかとしたその時、帰ってくる三人の笑い声が聞こえた。
ふっつりと、理性が途絶えた。
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