10.誰のものかわからせるキス

 大学の喫煙所でぼんやりと、友人に貰った非常に甘ったるい薫りのシガーを燻らせていると、その匂いに誘われたかのように見知らぬ男がふらふらと近寄ってきた。大学の喫煙所なんて、大概使う場所は固定される。特にここは共通科目開講のキャンパスではなく、人数の少ない理学部キャンパスの喫煙所だ。物珍しげに珍客の動作を見詰めていると、その手は煙草を取り出さず、代わりに俺の肩をがっしり掴んだ。

「やっと見付けた」

 沈黙。動作すら固まった。動くのはシガーから流れる煙のみ。だってどう考えても初対面だ。薄い茶色の髪に、シャープな感じの顔立ちに、左右合わせて五つほどのピアスに、お洒落なんだろうが俺には縁遠い服装に。こんなに悪目立ちするような人間、いくら俺が人の顔を覚えるのが苦手だとしても、流石に忘れないだろう。しかし男の目は確信に満ちている。参った。どう人違いだと告げたらいいのか分からない。そんな俺に構うことなく、男は肩を掴む手に力を入れ、顔を近付けてきた。えっ?ちょっと待て。何を―

「やめろ!!」

 思わず顔をがしっと鷲掴みにしてしまった。だってどう考えてもこいつ俺にキスするつもりだったし。いやいや。何で男、しかも初対面にキスされなきゃなんないんだよ。うわぁ。想像したら鳥肌立ってきた。男は顔を鷲掴みにされたまま、目で理不尽と訴えてきた。理不尽はどっちだ。口が上手く動かせないのか、くぐもった声で男は言う。

「いいからとっととキスさせろ」
「アホか。何でお前にキスされにゃならんのか」
「だーもう。お前毎度毎度めんどくせぇ」
「毎度って何だよ。お前なんか知らねぇよ」
「お前は知らなくても俺は知ってんだよ」

 ぎりぎりと攻防を続けながらの言い争いだが、気付いた。こいつ、アブナイ人間だ。どうしよう。関わり合いになっちゃったよ。内心の焦りを見透かすかのように、男は動きを止めて口を閉じて、俺の目をしっかりと見た。何をされるかと改めて身構えると、一言だけ、

「兵助」

と。名前を知られている驚きもあったが、それ以上に真摯に響いたその声に、まるで金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。その隙をついて、柔らかく唇が重ねられる。

「ぁ……」

 くらりとめまいがした。三郎が俺を見ていて、三郎?誰だ。知っている。知らない。俺は大学生で。違う。大学生って何だ?俺は、俺は…。




 特別思い入れがあったわけではないが、それでも戦と貧困に喘ぐ人々を助けたいと思った。だからその城に仕えることになり、何よりも喜んだ。隣の城との和平に尽力した。幾度も殺されそうになりそれでも、全てを賭して利害調整に当たった。それは最後の戦だった。その戦果をもって、二つの城は関係を決定する。一種のけじめとして、また総力結集のため、戦忍でない俺も戦に参加した。そこで、足をやられた。今にも息絶えようとする足軽の、生への盲執がなした業だったか。切り裂かれた足。俺は忍でいられなくなった。
 いつだって三郎は側にいた。同じ城に仕えて、俺を支え導いてくれた。俺が膝を屈しそうになったときには叱咤してくれた。夢のような話を策に起こしてくれた。怒り狂ったときには宥めてくれた。泣きそうになったときには抱いてくれた。そして俺が忍を辞めても、側にいてくれた。三郎は言った。

『お前を愛している。ずっとずっと。今生だけじゃ足りない。生まれ変わってもずっと、その生を私にくれないか?』

 三郎。魂で愛した男。魂を愛してくれた男。一生じゃ足りないくらい、側にいることを望んだ男。




「思い出したか。お前のその生が、誰のものなのか」
「思い…出した」

 三郎。震える唇で紡いだ言葉に、三郎は笑った。心から嬉しそうな笑顔だった。後はもう、言葉は要らない。ただ、抱き合って唇を重ねるだけ。今生も、俺は三郎のもの。この先の生もずっと。遠い昔に交わした約束の通り。
 永遠に、俺たちは愛し合う。




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