6.荒々しいキス

 飛び込んだ医務室で、包帯に包まれた三郎はいつものようにへらっと笑った。宿題を成しえたものの大怪我をして帰ってきたと告げられて、押っ取り刀で駆けつけてみればこれだ。想像していたよりも元気そうで安堵したのもつかの間。代わって激しい怒りが湧く。衝動のままに横たわった三郎の太腿を蹴った。途端声もなく悶絶する姿にも、怒りは収まらずむしろ更に腹が立つ。

「何やってんだよ」
「何って…宿題?」
「ふざけんな!!」

 どっかり隣に腰を降ろして、三郎のふわふわした前髪を掴み強制的に半身を起こさせる。

「ちょっ!!兵助待って待って。私怪我人」
「知るかボケ。何でそんな怪我してんだよ」
「待って。話すから手を放して」

 仕方なく手を放すと、三郎は蒲団に倒れ込み痛そうな咳をした。ゆっくりと呼吸を整えてやっと言った一言が、更に俺の怒りを煽った。

「足滑らせて崖から落ちたんだよ」
「嘘吐け」
「え?そこ即決?」
「どうせ余計なことして追いかけられて死んだ振りしようと崖から身投げしたんだろ」
「…えぇまぁそうなんですが。何で知ってんの?まさか兵助さんストー…ってやめやめぐりぐりするの止めて。傷口ぐりぐりは止めてお願い」
「ごめんなさいは」
「ごめんなさい…」

 三郎はいつもそうだ。自分の実力を過信しているのか何なのか知らないが、こうして無茶をすることが多々ある。怪我をして帰ってくるのも今回が初めてではない。ここまで大怪我をしてきたのは流石に初めてだが。そしていつもへらっと笑うのだ。俺の気も知らないで。毎度毎度張り裂けそうになる心臓を抱えて医務室に走ったり、宿題やお使いが課されるたびに吐き気がするほど心配したり。もうたくさんだ。いい加減甘えているだけなんだろうとも分かっちゃいたが、こんな風に甘えられていたら俺の身が持たない。間違いなく心労で死んでしまう。
 もう一度前髪を掴んで、しかし今度は俺の方から顔をぐいと寄せて低い恫喝の声を出す。

「いいか。よく聞けよ三郎」
「はい…」
「お前が馬鹿やるのはお前の勝手だ。だがな、お前が死んだら俺は必ず復讐する。復讐した上で、お前の後を追う」
「兵助…」
「いいから聞け。例えばお前がどうしようもない馬鹿な理由で死んだとする。水道に頭ぶつけて死んだとする。俺は、その水道を粉々にしてから自殺する。言ってる意味は分かるな。馬鹿馬鹿しさも分かるな。いいか。俺だってそんなことはしたくない。けどな、俺はお前に惚れているから、そうせざるを得ないんだ。だから、俺にそんな馬鹿をさせるな。いいか」

 前代未聞の馬鹿なことを、全身全霊を込めて本気で話す。俺は三郎がいなくちゃ生きていけない。万が一にも三郎の死ぬことがあれば、悲しみと怒りに何をするか分からないだろう。三郎も流石に真面目な顔をしていた。真面目な顔で俺の話を聞いて、一つだけこくんと頷いた。

「私だってお前に惚れている。お前にそんなことは絶対にさせないよ。約束だ。兵助」

 そっと手が差し伸べられて、頬が包み込まれた。けれども今は、そんな優しさも慈しみもいらない。必要なのは、お前としたこの約束が破られない保障だ。ぶつけるようにその唇に噛み付いた。歯のぶつかり合う嫌な音がしたが、そんなことは気にならない。食い千切る勢いで口付けをした。万が一にも、三郎が俺から離れることのないようにと、願って。

「この口付けを覚えておけ。約束を違えるようなことがあれば、本当にその口食い千切ってやる」

 神妙な顔で了解したと告げる三郎に、やっと溜飲が下がった。手を放せば、今度は蒲団に倒れ込むことなく、逆にこちらに身を寄せる。歯が当たったときに切れたのか、血の滲む俺の唇を、三郎の舌がぺろりと舐めた。

「大丈夫だ兵助。私は何処にも行かないよ」

 その台詞が余りにも気障ったらしいので、思いっきり傷口をつねってやった。学園中に三郎の悲鳴が響き渡った。




kiss-title
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -