5.嫉妬を誘うキス

 さあ今からキスをしますよ。という瞬間が好きだ。夕暮れ時の硝煙蔵の中。普段ぽんぽんと暴言を吐く生意気な唇と、視線で人を殺せるんじゃないかと思うくらい冷徹で勝気な目が、躊躇うように、或いは所在なさげに震えるその様は本当に愛おしい。がっつきたくなるのを抑え、ほんのり上気した顔を余すところなく鑑賞する。伏せられた目は睫の長さを際立たせ、また縁が赤く染まっているのが艶っぽい。真っ白な頬は、正面から見ると分からないがふっくらとした曲線を描いている。小さな鼻は取り分け愛らしい。薄く開いた桃色の唇は、震える吐息を零している。

「三郎?」

 何もしないことに耐え切れなくなったらしい兵助が見上げる。気丈な表情で、押し退けようとしたのか胸元に当てられる手を掴んで、首の後ろに回させる。柔らかな黒髪に手を差し入れ、ゆっくりと後頭部を支えて引き寄せて、口付ける。口付けの瞬間、必ず兵助は目を閉じる。そう教えたのは私だ。
 まずは軽く触れ合わせるだけ。何度も軽くすり合わせて、軽く食むように柔らかさを堪能する。じれったい愛撫に兵助の唇が開いたところで、舌先を差し入れる。唾液で唇を濡らし、前歯をくすぐる。すぐに呼吸を忘れる兵助のために、口の端を時折放してやらなければならない。もどかしいのは一緒か、首の後ろの腕が締め付けをきつくした。舌先が、こちらの舌をかすめる。おねだりの仕方も上手くなったものだ。お返しに後頭部を更に押さえ、本格的に口内を犯す。
 侵入する舌に、可愛らしいおねだりをしていたそれは逃げるが、そこで逃がしてやるほど優しくはない。下からすくい上げるように捕まえて、ざらつきをこすり合わせて、更に溢れる唾液と共に吸い上げてこちらの口内に導く。ゆるく歯を立てて逃がさないようにしながら、包み込むようにして愛撫する。無意識だろうが情事を連想させるような声を漏らす兵助は、いつも私の理性を焼き切ってしまう。

「兵助」

 唇を離すと唾液が糸を引いた。酸欠か口付けのせいか真っ赤になった顔。

「舌出して」

 私の言うことなんて八割方無視するくせに、こういうときだけは大人しく従うのだ。私の可愛い兵助は。出された舌を口に含んで、充血したそれを何度も甘噛みしたり、吸ったりして堪能した。唇をつけないのが恥ずかしいのか顔を押し付けようとするので、後ろ髪をゆるく掴んで引き離す。そうやって、兵助の腰が砕けるまでひたすらに愛撫を繰り返した。




 今にもしゃがみ込みそうになる身体を私に預け、肩で息をする兵助は本当に愛らしい。潤んだ目元からとうとう一滴零れてしまったので、頬に口付けて舐めとった。そのまま唇を目蓋に移動して吸い付くと、くすぐったそうに身体が震える。誘っているとしか思えない。もう一度口付けようと頤を持ち上げると、兵助が言った。

「お前、口吸いは俺が初めてじゃないんだろう?」

 いきなり何を言い出すのかと思ったら。ゆるく笑って肯定すると、兵助は唇を少し尖らせた。何その可愛い表情。襲ってくれと言ってるのかそうかそうなんだな。

「何かムカつく」
「ん?何がだ?」
「だって、そんなに上手くなるまで口吸いした相手がいるんだろ。それに、この先そんな口吸いをされる相手ができるだろ」

 どうしよう。可愛くて仕方がないんだが。普段執着というものを見せない兵助が、こんなことで嫉妬をするなんて。涙目で睨んでくるあたりがもう、犯罪としか言いようがない。癖になりそうだ。

「私の過去には大いに嫉妬してくれて構わないが、将来にはするんじゃない。私がこの先口吸いするのは兵助だけだ」

 言葉の意味に気付いた兵助が動揺して目を逸らすが、それより早く唇を押し付ける。こんな口付け、幾らでもしてやるからもっと嫉妬すればいい。それは、兵助が私に惚れている証拠なのだから。




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