4.いたずらなキス

 二人揃って低血圧で寝起きはよくない。だから一限目の講義はできる限り避けていた。必修が多い一年生の頃は正しく地獄絵図だったが、三年生にもなればだいぶ余裕ができる。もっとも、講義自体は格段に難しくなっているのだが。一限がなくとも朝は早い。隣で眠っていた、何だかんだ言ってマメな恋人が眠い目を擦りつつこちらの肩を揺すってくるのは、ゆっくりシャワーを浴びて朝食をとっても絶対に遅刻しない時間だ。これは、起きてから本格的に活動が開始されるまでのタイムラグが異様に長い俺のため。
 どうにかふらつく頭で身を起こした俺の頬に、三郎がキスをする。おはようのキス(三郎→俺)。三郎の顔が離れ正面に戻ったところで、今度は俺から三郎の頬にキス。おはようのキス(俺→三郎)。朝の日課を済ませたところで、枕元に放り出していたセタメンを咥える。既に火の点いた三郎のマルボロにセタメンの先をくっ付けて、シガレットキス。二人とも煙草を吸うタイミングが同じなので、俺は外出時以外ライターを持たない。
 三郎がシャワーを浴びている間に朝食を用意する。コーヒーとロールパンと、三郎のためにジャムを出して、あとはスクランブルエッグ。風呂場から出てきた三郎にコーヒーの入ったマグカップを渡すと、マグカップよりも先に口付けられる。ありがとうのキス。三郎が体裁を整えている間にシャワーを浴びて、一緒に朝食をとる。台所を片付けて、出かける準備を済ませて玄関へ。狭いそこで三郎の首に腕を回し、二回キスをする。行ってきますと行ってらっしゃいのキス。
 二人同じ大学だが、学部が異なるためキャンパスは少々遠い。今日は三郎の時間割に余裕がある日。講義終了と共に喫煙所に行くと、三郎が待っていてくれた。マルボロから火を貰って、ゆっくり一服する。煙草を咥えていない瞬間を狙って、三郎がキスをしてきた。誰もいないことを確認して応じる。煙草味のキス。甘くないそれが何より甘い。結局大学内では、その後四回キスをした。
 帰る時間はサークルやバイトの関係でばらばらになる。何も予定のない俺は夕方に帰宅。バイト(ファミレスのキッチンスタッフ)のある三郎は九時半帰宅予定。一人部屋にいるこの時間が俺は何より嫌いだ。早く帰ってこないかと、時計をちらちら見ながら三郎の好きだと言っていた洋画を垂れ流す。そうしてあいつが帰ってくるまで、何をするでもなく過ごす。
 予定より少し早い時間に三郎が帰宅。玄関まで行ってお帰りなさいのキス。今日は少し長め。寂しかったから。土産と称して(きっと勝手に)持って帰ってきた許容切れの豚肉で簡単に夕食を作ってもらう。生姜焼きの乗った皿を受け取りながらありがとうのキスをして、その日あったことを話しながらの夕食。三郎が後片付けを終えるのを待って、二人で風呂に入る。どちらからともなく、いろんなところに何度もキスができる大事な時間。
 濡れた髪は三郎に乾かしてもらう。優しい手つきにいつも泣きそうになる。だから泣く代わりにキスをする。触れるだけのそれに、今度は深く口付けられて結局そのまま押し倒された。俺の髪は完全に乾かされたためしがない。何度したか分からないキスを重ねて、身体を重ねて。
 とろとろと、事後のだるさに身体を任せて眠りにつこうとする深夜。重い目蓋を必死で押し上げて、三郎とキス。おやすみなさいのキス。毎日毎日、こうして徒にキスを重ねても、まだ足りない。三郎が好きで好きで堪らない。禁断症状を埋めるようにキスに溺れて、いつかは壊れてしまうのではないかとすら思う。それでも、三郎は俺にキスしてくれるだろう。三郎が俺に溺れていることも知っている。互いにキスをするとき、その触れ合ったところから注がれる優しさと慈しみと束縛。等しく似たもの同士だと、感じたところで意識が落ちた。明日はもっと長くもっと熱くキスをしてやろう。三郎の腕の中で、毎晩思う。




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