2.黙らせるためにキス

 その夜、三郎と俺は喧嘩をしていた。いわゆるまぁ、痴話喧嘩。性交をしたいと圧し掛かってきた三郎の下から逃げ出したことから始まって、今は蒲団の上に陣取った俺と、向かい合って座る三郎と。口の悪さでは共に学年でトップの俺たちは、口喧嘩の凄まじさには定評がある。失礼な話だ。こんな下半身で会話するような男と一緒にされるなんて。

「だからヤらないって言ってるだろう。お前その耳機能しているのか?」
「優しくすると言っているだろうが。耳が働いていないのはお前だろう。いいからヤらせろ」
「お前の優しいは信用できないんだよ。騙されて腰が立たなくなったのも、一回や二回じゃないだろ。学年混合武道演習に参加できなかったのもお前のせいだろうが」
「あれはお前が余りにも可愛らしく啼くからだ。」
「アホか。そこで自制が利かないのがいけないんだろう。お前が学習するまでおあずけにしてもいいんだぞ」
「馬鹿言うな。お前が耐えられないのは分かっているんだぞ」

 蒲団を胸元まで引き上げ、バリケード代わりにする。それでも隙あらば飛びかかろうとにじり寄る三郎を睨みつけて牽制。明日は実技で戦闘演習があるのだ。楽しみにしていたし、予習も鍛錬も欠かしていない。万全の態勢で臨みたいのに、何故分かってくれないのか。本当に、自分の欲に正直に生きやがって。俺のこともちょっとは考えろ。別に三郎のことが嫌いなわけじゃない。性交も、まぁ、嫌いなわけじゃない。ただ、時と状況とこちらの都合も考えろと言いたいのだ。毎日毎日何だかんだ理屈をつけては迫ってくるのもいい加減にしろ。

「三郎は身勝手だよ」

 ぽろり、しおらしく零してみる。無論、演技。千日手のようなやり取りでは埒が明かないし、下手すりゃこのままいつものなし崩しパターンになってしまう。戦略は泣き落としに変更。効果はあるのか、飛びつく気満々だった三郎の気勢が弱まる。そこで更に畳み掛ける。

「ヤりたくないわけじゃないけど、俺の身も考えてほしい。俺、三郎のこと好きだよ。でも、毎日こんなことしてたら俺壊れちまうよ。そうでなくとも、明日の演習は俺にとって凄く大事なものなんだよ。だからお願いだ、三郎。今日はよしてくれ」

 伏目がちに、ちょっと目を潤ませて三郎を見遣る。攻撃的な表情は消え、三郎は至極真面目な顔をしていた。見詰め合う。追い討ちが必要かと口を開きかけたところで三郎が俯いた。作戦は成功したらしい。今日は何とか回避できそうだと、内心ガッツポーズを取った、そのとき。

「ちょっ」

 三郎に腕を掴まれ無理やり引き寄せられた。真面目な顔のまま、ギラギラした目で見詰めてくる。これはヤバい。血が止まるんじゃないかというくらい強い力で手首を掴まれて、反対の手が後頭部を引き寄せる。とにかく、これから逃れないとと必死で抵抗した。演技は剥がれて唇が無意識に言葉を紡ぐ。

「いい加減にしろこの馬鹿!!何考えてんだよ人でなし!色情魔!放せこの強姦野郎!!自分勝手にもほどが―」

 日頃脳内に溜め込んでいた暴言を、これでもかとばかりに言い募る俺の唇を、三郎の唇が塞ぐ。ぐいぐいと押し付けられ、息が出来なくて薄く開いた口に舌が差し込まれた。強引にこちらの舌を捕らえ、すり合わせてくる。口内をたっぷりと蹂躙して、唾液を交換して、やっと引き抜かれた舌。それでも唇は離されなくて、とがった犬歯で何度も甘噛みされる。酸欠で頭がぼんやりする。無意識に縋りつく手を引き剥がされ、三郎の首の後ろ(定位置)に持っていかれた。もう何でもいいから解放してくれ。首に腕を回すと、後頭部を押さえる手が更に力を増した。深い深い口付けに、理性どころか意識まで遠退いていって。

「悪く思うな。お前がそんな可愛い顔をするのがいけない。それにそんな傷付くことを言われたら黙らせるしかないだろう。いいから今夜も私に抱かれろ」

 口付けの後、必死で酸素を取り込もうとする俺に三郎が言い放った。明日の実技は見学かなと、普段以上に荒々しく組み敷かれながらぼんやりと思った。




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