目が覚めれば、そこは知らぬ部屋だった。装束は平凡な着物に替えられて、身動ぎするたび鈍痛を訴える鳩尾には薬草と清潔な布が当てられている。身を起こせば、知らぬ男がこちらを見詰めていた。

「誰だ」
「私だよ。兵助」

 声は確かに三郎のものだった。そこまで認識して、ようやく覚醒を始めた脳髄が学園夜半の記憶を引っ張り出してきた。

「どういうことだ三郎!!」
「すまない」
「どういうことだと聞いている」
「すまない兵助。私はお前が死ぬであろうことに耐えられなかったんだ」

 三郎は困った顔ですまないと繰り返した。

 学園は今、危ない。学友が後輩が先生が、学園を守るために命を削っている。俺だって、そんな皆のために死ぬ覚悟を決めていた。なのに、
 思えば止まらなくなった。三郎をひたすら責めた。何故こんなことをしたのか。友を見捨てさせるとはどういうことだ。たとえ俺たちが恋仲で、どんなに好きおうていようとも、その意向を無視するこの行為はなんだ。 言い募れば募るほど、怒りが膨れ上がり、知ってか知らずか、知らぬ顔の三郎は困った顔ですまないを繰り返す。

「俺は学園に帰る」
「すまない兵助。でも帰すことは出来ない」
「出来ぬ訳があるか。俺は帰る」
「すまない。好きなだけ私を恨んでくれ。恨んでくれて構わないから、どうか帰らないでくれ」
「どうして…っ」


 今、友が死にかけているかもしれないのに。


「兵助」


 何故。帰らねばならぬのに


「帰すことは出来ないよ」



 どうして俺は、三郎を振り切って背を向けることが出来ないのだろう。




 気付けば涙を流していた。

「三郎」
「うん」
「帰りたい…」
「うん」

「帰りたい。勘ちゃんに会いたい。雷蔵に、ハチに会いたい。皆と一緒に戦いたい。死ぬなら皆と共にがいい。大事な大事な友なんだ。帰りたいよ。帰りたいよ三郎」

「泣いてくれるな兵助。お前が泣きじゃくる様は幼子に似て心が痛い。お前が泣くのは、お前が死ぬのの次に辛い」
「帰りたいんだ」
「すまない」
「帰りたいよ」
「兵助」

 伸びた手が頭を撫でた。それは確かに三郎の手で、そのことに気付けば余計に涙が出た。
 この男を見捨てて帰れぬことくらい、とっくの昔に知っていた。





「これから、どうするんだ」

 夕刻が迫り泣きつかれ、ぽつりと溢した。心は涙同様枯れてしまったようで、どこか夢現な心地だった。

「東の遠い町へ。二人静かに暮らそうと」
「ここはどこだ?」
「東へ抜ける街道の宿場町」
「お前の、その顔は?」
「これが私の本当の顔さ。忍でなくなるならば、仮の顔なぞ必要ないし、お前と共に生きるなら、素顔であるのが道理と思うた」
「そうか」


「頼みがある」
「何だ?」
「学園に帰してくれ。今じゃなくていい。戦が終わってから。何年後でも構わない。あの場所へ俺を連れ帰ってくれ」
「…約束するよ」
「それから、皆の消息を知りたい。誰が死んで誰が生き残ったか。いつどこで死んだのか、知りたい」
「ならば調べて伝えよう。可能な限り正確に」
「それだけ約束してくれるなら、いい」

 いつの間にか心は凪いだ。初めて見る存外端整な顔の男へ、共に行こうかと手を差し伸べた。
 共に生きようと、三郎に手を伸ばした



――
中途半端で力尽きた




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