大丈夫だから、もうしばらく眠っていてよ
それまで危うい均衡の上に保たれていた学園の平和は、とうとう破れた。教師たちも生徒たちも、大きな戦乱に巻き込まれることになってしまった。
「雷蔵」
「行くの?」
「ああ。後は頼んだ」
そんなこと君に頼まれる筋合いはないよ。と、それでも雷蔵は笑って見せた。君がここにいてくれるから、私は安心して行くことが出来る。君が私の代わりに戦ってくれると分かるから、何も心残りは無い。
雷蔵にだけ別れを告げて、い組長屋を訪れた。眠るものは少なく、殺伐とした雰囲気が漂っている。
「兵助」
兵助は、忍装束のまま文机に向かっていた。
「三郎。どうした」
なんでもないんだ。不信げな顔にそう呟いて、近寄って、
「何しにきた」
「お前を――」
迎えに来た。
鳩尾に手加減なしで拳をめり込ませ、思わず前かがみになるその頤を取って口布を剥ぎ取り、薬をかがせた。一言も発することなく、兵助は私の腕の中に落ちた。
学園を包囲する兵を薙ぎ倒し、山中の道なき道を行き、あらかじめ当たりをつけていた廃寺に辿り着いた。
抱えていた兵助を床に丁寧に寝かせ、不寝番の準備をしながら語りかける。
「なぁ兵助」
「人一倍正義感の強いお前のことだから、お前は真っ向から戦うつもりだったのだろう?」
「きっと目覚めたら、何故連れ出したと憤ることだろうな」
額にかかった前髪を指先で梳いて、あらわな白い額に口付けをひとつ。
「私はお前が好きなんだよ」
「お前にどれだけ恨まれても構わない。どうか恨んでくれ。お前が生きていてくれれば、私はそれでよいのだから」
「ああでも、帰してくれろと泣くのはよしてくれまいか」
「お前に泣かれたら、私はお前を手放してしまいそうだ」
明日になれば遠い町へ行く。新しい生を生きる準備は出来ている。
「なぁ兵助」
だからそれまでは
もうしばらく 眠って
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