・「刺/青」の鉢くくパロ
・三郎刺青師、兵助陰間
・性行為はないがいかがわしい
・年齢操作?明らかに三郎より兵助が若い
・切りどころが分からなくて無駄に長い





 武家の台頭もいい頃加減となり、職人の口が大分幅を聞かせるそんな頃、江戸に一人の刺青師がいた。三郎というこの男は、奇抜で斬新な構図と、流麗な画風で知られていた。そして同じくらい、むらっ気のある男として知られていた。異国の言葉で言うならアーチストと言ったところか。何せ気に入った客にしか墨を入れず、また構図や金も三郎の自由だ。しかしそれでも三郎は人気の刺青師だった。人を惹き付けるその刺青に、多く彫りを望む者がいた。
 さて、こんな三郎だが、彼には一つ夢があった。誰よりも美しい者に最高の刺青を施すことだ。絵師から刺青師に身を堕としたのも、年々膨れ上がる何ともつかないこの欲求に負けたためである。誰よりも美しい者。三郎の脳裏には、断片的にその姿が浮かんだ。ちらちらと誘っては消える鬼火のようにその者は存在し続けた。

 ある夏の昼下がりである。ぶらり散歩と三郎が深川を歩いていたら、一台の駕籠が停まっているのとすれ違った。ひょいと目をやれば、少しばかし巻き上げた簾の隙間から、白い素足が覗いていた。三郎の目がみるみる見開かれる。意図せずして唾を飲んだ。
 真っ白な中に薄墨をほんの一滴垂らしたような、そんな色をしていた。小股は格好よく切れ上がり、指先には紅の差された爪が並ぶ。決して華奢というわけではないが、節の目立つ足首や筋の動きを仄見せる脹ら脛はぐっと細く見えた。それでいてなよなよしい印象はない。
 これこそが求め焦がれた美しい者であると、三郎は直感した。高鳴る胸を抑え、喘ぎながらも声をかけようとした。その姿を一目見んとて足を踏み出した。しかし、全く読んでいたかのように三郎が声をかける前に駕籠は走り出す。待ってくれと追い掛けるが、余程いい駕籠を頼んでいたのかあっと言う間に見えなくなった。三郎は落胆した。落胆しながらも考える。足の爪に紅を差すのは遊女の証。あれほどの美人だ。吉原深川品川と考えて間違いないだろう。ならば探せば見つかるか。心に決めてその日の夜から三郎の遊里通いが始まった。

 それから更に一年が過ぎた。探せど探せど見付からぬ。姉女郎に嫉妬されたか折檻か、はたまた病に命を落としたと諦めかけた梅雨の昼間。雨はなくしかしぐずついた空模様に鬱々しながら縁側で茶を啜っていると、人の訪ねる気配があって裏木戸へ向かった。
 訪ねて来たのは若い陰間の児であった。役者をしている雷蔵の弟弟子に当たるらしく、使いを頼まれたという。

「お前が三郎か?あにさまがこの羽織裏に、何か絵模様を描いて貰えと。文も預かっている」

 ついと笠を取って涼やかに低い声音で告げるその顔は、何ともまぁ美しいものであった。潤んだ漆黒の瞳。紅をはいたように赤い唇。白い肌。浮世絵のような極彩色にあってなお、静謐な雰囲気を漂わせている。艶やかにうねる黒髪は、油気がなく頭の高い位置で一つにくくったまま風に任せていて、それがよく似合っていた。

「ほう、雷蔵の使いか。名は何と言う?」
「兵助と」
「そうか兵助。まず文を見せてくれ」

 文には羽織を頼む旨と共に、兵助について、もうすぐ水揚げを迎える身であるから手を出さぬよう、しかし水揚げの後はよろしく頼むとあった。そう好んで男を買うことはないが、なるほどこの幕内の児には何ともいえぬ妖艶が滲み出ている。まだ男を知らぬというが、幾多の濡れた夜を越え、男を喰い物にしてきたような傾城の風格。三郎は都合よく文のことを忘れることにした。
 では確かに。と帰ろうとする兵助の腕を取って、三郎は先程まで自分がいた縁側に導く。兵助は抵抗することなく、つと草履を脱いで座敷に上がった。薄ら割れた一重の裾から、紅を施した白い足が覗いた。

「お前、一年ほど前に深川へ駕籠で通りかからなかったか?」
「あぁ、暑い日で六尺が途中で休ませろとうるさかったな。それがどうかしたか?」
「いや、いいんだ」

 三郎は静かに動悸激しい胸を押さえた。捜し求めた美しいものが今ここにいる。女ではなく男だったとは予想外だが、あの繊細と丈夫の危うげなバランスに納得がいく。静かに心を決めた三郎は、いとまを請う兵助を後ろから抱き締めた。

「何をしている」
「まだ閨の経験はないそうだが、本当か?」
「放せ」
「本当かと訊いている」
「本当だ」

 三郎は兵助の首筋に鼻を押し付けてすんと匂いを嗅いだ。

「しかしお前からは濃い遊女の匂いがするぞ」
「陰間茶屋に身を置いているからだろう」
「違うな。これはお前の匂いだ。男を乱れさせ、狂わせる匂いだ。そうして男を食い潰したくて堪らないんだろう?」
「馬鹿を言うな」
「悪いが至って本気だ」

 兵助の顔が徐々に蒼褪めてゆく。対して呼吸は乱れ、唇が震えを帯びた。

「ほら。こうしてお前に縋る俺に、欲望を感じているんだろう?」

 認めろよ。耳元で三郎が囁けば、ついに兵助は両手で顔を覆った。

「認める。認めるから放してくれ。確かに俺にはそんな気性がある。お前の言った通りだからもう堪忍してくれ」

 とうとう堕ちた。顔を覆って震える兵助からそっと離れた。懐にはかつて阿蘭陀医から貰った麻酔薬の瓶が忍ばせてあった。


 雲の切れ間から眩しく日が差した。しかし座敷は暗い。三郎は少々思案した後、障子を閉め切って蝋燭に明かりを灯した。ぼうと白い肌が浮かび上がる。その背中を指でなぞって、次いで唇でなぞる。身動ぎすらしないそれは穏やかな呼吸に上下していた。恍惚とした心地で丹念に背中を辿ったあと、そっと絵筆を背中に下ろした。そして左手の針でぷつりぷつり色を入れる。それは正に悦楽の境地であった。魂が墨に溶け、肌に流れ込んで形を作った。我が身を燃やし尽くす快感。このまま死んでしまってもいいとすら思った。夜が訪れたことにも気付かず一心不乱に針を刺した。墨はぼんやりと輪郭を取り始め、夜が明ける寸前でやっと女郎蜘蛛の形を成した。兵助の背中に、それは巨大な刻印のように、或いは分身のように現れた。

 やがて明け切る頃に兵助が意識を取り戻した。ぼんやりと煙管をふかしていた三郎はすぐその傍に寄った。痛みにもがき伸ばされる手をしっかと握り声を掛ける。

「苦しいか」
「くる…しい…」
「お前は真なる自分をその背に貼り付けているんだ。さぞ苦しかろう」
「見せてくれ…」
「まだだ。湯殿で色上げをせねばならん」

 身を起こすことすらままならない兵助を抱き上げ、三郎は湯殿へ向かった。自分は着流しのまま、全裸の兵助を抱えて湯船に浸かる。意に沿わぬ挿入を受けたような声を上げて、兵助は三郎にしがみ付いた。爪が背に喰い込み、肩に乗せられた頤が引きつった。

「痛いか?」
「っいた…い。…んっあ……くぅっ」
「辛抱してくれ。堪えられぬなら俺の肩に歯を立てるがいい」

 その言葉に、兵助の揃った歯列が肩に当てられきつく立てられた。この痛みは兵助の痛み。そう考えて三郎は、湯を掬って兵助の背に掛けた。掛けるたびに喰い込みがきつくなる。そのことに三郎は何故か幸せを感じた。確かに兵助と繋がっているという幸せを。幸福感に酔い痴れながら、兵助の背に湯を掛け続けた。

 湯殿から上がって、兵助を抱き込んだまま手拭で身体を拭いてやる。濡れた着流しも下帯も既に脱ぎ捨てていて、ついでとおざなりに自分の身体を拭って座敷に戻る。しなだれかかる兵助は、けれども大分意識がはっきりしてきたのか自分の足で歩こうとした。しかし三郎は放さない。どうせこの身に触れるのは最後だろうと抱きかかえる。畳に降ろすときも殊更優しく、壊れ物を扱うような手付きだった。兵助は立ち上がる。ゆっくりと座した三郎に背中を向ける。意識せずして三郎の唇から感嘆の声が漏れた。

「あぁ」
「俺は美しいか?」
「並ぶものもないくらいに、な」
「お前のお陰だ」
「だろうな。お前のその蜘蛛には、俺の魂が溶け込んでいるのだから」
「ならば、お前が俺に喰われた初めての男だ」

 折りしも、曇天の合間から日が差し込んだところであった。鋭い光に毒々しい女郎蜘蛛が浮かび上がった。

「まだ足りないよ。三郎。
 きちんと最後まで俺に溺れて、俺に喰われてくれ」

 二人が重なり合う頃には、日はまた雲の裏に隠れてしまった。薄暗い座敷で何があったのか、語るべくもない。



――
 性行為描写が一切ないにも関わらずエロティックな作品を目指して撃沈。原作はもっとこう…こう…
 ちなみに時代考証何それ美味しいの状態で書きました。江戸後期に葦町はなかったんじゃないかな?刺青の色上げなんて知らないよ。
 小股は、足の親指と人差し指の間という説を採用してます。



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