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 人間関係どろどろ

 鉢←くくで心中
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「三郎」

 襖にもたれ掛かる兵助。夜だというのにまだ制服のままだった。

「兵助、どうした?」
「さよならを言いにきた」
「何だよそれ。うっかり自殺でもしそうな台詞だな」
「そうだよ」

 兵助はいつもと変わらない調子で、思い詰めたり深刻だったりでもなく、言った。

「死のうと思って。俺が死んだら、ちょっとは人間関係ましになるだろうし。もう疲れたし。
 三郎も来る?」

 とりあえず言っとこうみたいな、凄く軽い誘いだった。

「雷蔵がいるから」
「ふーん。でも、それって死ねない理由になる?」

 考える。雷蔵がいるから私は死ねないのだろうか。まさか、雷蔵は私が死んだところでそう悲しみやしない。生きたところで、どうせ別れはすぐに訪れる。

「責任取れよ」
「何が?」
「死ねない理由がなくなっちまった」
「責任は無理だな。今から死ぬんだし」

 上着を羽織り、兵助に続いて長屋を出た。月の光が厭に青かった。

「どうやって死ぬつもりなんだ?」
「ん、痛いの嫌だから入水。裏々山の手前の池」
「そうか」

 後は無言で向かった。例えば思い出話をするとか、手を繋ぐとか、そういったことは一切なかった。そんな風に仲睦まじく交わせるようなものは失くしてしまった。
 池について、兵助と並んで水面を眺める。

「こういうのも心中って言うのかな」
「あれは好き合った二人の場合だろ」
「じゃあ違うな」
「兵助、手ぬぐい持ってる?」
「持ってるけど。心中じゃないんだろ」
「でも、転生して一緒にいられたら、私は嬉しいよ」
「俺は転生してもお前に惚れるんだろうな」
「私はどうだろう。雷蔵や勘右衛門がいなければお前かな」
「何気に酷いよな。それ」
「なぁ兵助。私のどこが好きなんだ?」
「お前格好いいから。何かもう全部格好いい」
「そっか。やっぱり手ぇ縛るぞ」
「何で」
「来世でお前と結ばれたい」
「…分かった」

 互いの両手を手ぬぐいに絡め、両側を互いに咥えて引き結ぶ。

「じゃあ行くか」
「あぁ。三郎」
「ん?」
「ずっと好きだった。今も、これからも」
「…ごめんな兵助。好きになってやれなくて。応えてやれなくて」
「いいよ。それでも好きだから」

 足を踏み入れた水は冷たかった。二人、水の底に墜ちていった。
 
  墜ちて いった





 目が覚めれば、そこは医務室だった。鍛錬中の上級生が見つけたらしい。隣にはまだ目覚めていない兵助がいた。手首には、確かに縛った痕が残っていた。死に切れなかったことが悲しかった。こんな日々にまた戻ってきてしまったことが、報われない思いを抱いて生きなければならないことが。

 兵助の告白が、悲しかった。



――
 報われない…



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