ひゅう、と音にならい口笛を吹いてその掠れた唇を歪めさせた。それは笑っているようにも泣いているようにも見えて、俺はどんな顔をしたらいいのか分からなくなって、結局眉を顰めるに留めた。
口に出してはいけない暗黙の了解。例えば好きだ、とかお前の側にいたい、とか。キスしたいなんてのもそれに含まれているのは明らかだったので、少し無防備に上半身の力を抜いた。
相変わらず何とも中途半端な表情のまま、そいつはこちらの顎を掬い上げ、触れるだけのキスをした。
「痛い」
俺の口から出る言葉はいつだって憮然としている。かさついた唇の感触は嫌いではなかったのに。軽い後悔はもう日常茶飯事となって胸に落ちる。言葉も、行為も、感情も。
「兵助」
「あ?」
「どうする?」
何をか。と思ってけれども脳内で挙げられる選択肢全てが同等であることに気付いて、そして小さくかぶりを振った。
「どうもしない」
「そうか」
「俺に選択を求めるな」
「私はどちらでもいいんだ」
「……むかつく」
そうやってこいつは、全ての責任を俺に投げやって、いつものように唇を歪めるのだ。その真意を、俺は知らない。
「兵助」
「もう戻るよ」
「そうか」
「なぁ」
「何だ?」
「俺が、選んだらどうする?」
「私はもう覚悟ができているんだ」
「そんな覚悟、俺には出来ない」
俺がこいつを好いていると認めてしまえば、こいつは全て、責任も友人も信頼も、全て捨てて俺と共に来る。俺は全て捨てて、こいつと共に行かなきゃならない。
「じゃあな」
「ああ、また今度」
敵同士の忍が交わすには凡そ不釣り合いな台詞でもって、俺たちは別れた。
――
臆病な久々知と掴み所の無い三郎
愛は過分にあります
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