夏というにはまだ早いような、それでいてキッチンに立つ男は洒落た半袖のポロシャツなんぞ着ている。からからと音を立てて回る扇風機は俺以外の誰かがまとめたインテリアには不釣り合いに古くて、そろそろ買い換えなければと思う。扇風機が緩々掻き回す風に乗って、摘まれたばかりのバジルの爽やかな香り。ちらりと目を向ければ、そいつとばっちり目が合った。

「たまにはお前も作れよ」
「俺が作るより三郎が作った方が旨いじゃん」
「そうゆう問題じゃないし、大体ここ、お前の部屋だろ」
「全然俺の部屋って気がしない」

 この部屋を勝手に見つけてきて、勝手に家具什器をそろえて、ついでに服まで揃えたのは三郎だった。そのせいか、住み出して一年近くはなろうかというのに全く住んでいる実感が湧かない。

「お前の部屋だよ」

 こんな時だけやけに優しげな声を出すのはやめて欲しい。その気がないのは分かっているので聞き流し、ついでに顔も反らす。

「ともかく、早く可愛い恋人に昼飯」
「あれ?兵助俺と付き合ってたっけ」
「ああ、お前がこの部屋にいる間は恋人同士だろ」
「じゃあそれ以外は」
「外で会っても話しかけるな。お前みたいなのと知り合いだって思われたら恥ずかしい」

 きっつぅと騒ぐ三郎に気が変わり、押しのけるようにしてキッチンに入った。ワンルームのキッチンなんて部屋のおまけのようなものだが。

「何?作ってくれんの」
「気が変わった」

押し退けられた三郎は大人しく場所を譲り、ついさっきまで俺が座っていた扇風機の前に陣取った。テーブルの上に放り出された煙草をくわえるのを横目で見詰めると、無言で箱を放ってくる。
鍋に水。火にかけてついでにガスコンロから煙草に火を点け、くわえたまま、トマトを刻む。

「灰、落とすなよ」
「うるさい。言うならお前が作れ」

ジリジリと出来る灰をシンクに落とすと、三郎が喚いた。曰く、食べ物を扱うところでそれはどうなんだ、とか。手っ取り早い灰皿代わりなのに、妙なところで神経質な奴。
結局、トマトとバジルのスパゲッティが出来るまでに、三本の吸い殻がシンクの隅に転がった。





「兵助…」
「何?」
「…これ、辛いんだけど」
「そうか?俺、これくらいが好きだけど」
「いや、これ普通じゃねえよ。どんだけ唐辛子入れたんだよ」
「三本」
「舌いかれてんじゃねえの?」
「現実逃避」

逃避したい現実は山ほどあった。この部屋も、この男も、暑くなりそうな夏も。忘れさせてくれる刺激なら何でもよかった。今のところ一番は、喉を灼いてくれるどぎついメンソール。

「じゃあ、外でも恋人になるか」
「無理」
「だよなぁ。俺も無理」
「俺作ったから、洗い物お前な」
「俺が作っても洗い物俺だろ」
「いいじゃん」
「終わったらセックスな」
「そのために来たんだろ」
「当然」

相変わらず扇風機はからからと音をたてて、けれどもバジルの代わりにセタメンの香りが漂っていた。



――
兵助君のために弁解すると、彼は別にヒモじゃなくて、普通の大学生で、キャンパスが移転したので引っ越すことになり、どうせなら自分の居心地のいい部屋にと三郎君が全部選んだって話。曰く、お前放っておくと段ボールが家具みたいなことになるだろ。



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