その翌日も、男は彼を迎えにサーカスへ向かいました。彼は同じところで待っていて、声を掛けると自然に腕を絡ませて、二人はあらかじめ示し合わせていたかのように男の部屋に向かいました。共に夕食を食べ、コーヒーを飲みながらどうでもいい会話をして、玄関で別れる。それは更に次の日も、また次の日も同じでした。時には会話すらなく、レコードを鳴らして聞き入るだけだったり。雨の日には二人傘を半分こしたり。そんな日々が二週間ばかり続きました。

二週間と数日が経ったある日、男が彼を迎えに行こうと部屋を出ると、そこに彼が立っていました。

「三郎?」
「あ、兵助」
「お前、サーカスは?」
「今日はお休みもらった」

男は驚きながらも彼を迎え入れました。

「オムライスだけどいい?」
「ん」

男は、初めに作ったのと同じオムライスを作りました。そして、ふと思い付き、冗談のつもりで黄色い卵の上に、赤いケチャップでハートを書きました。書いてすぐに後悔しました。男はとても恥ずかしくなったのです。しかし、彼には見えないからと自分に言い聞かせ、そのまま彼にそのハートマーク付きのオムライスを渡しました。
いつもより少し早い夕食。綺麗にオムライスを片付ける彼を見るともなしに見ていると、彼が言いました。

「この町は明日で最後なんだ。明日の夜、この町を発つ」

男は少し動揺しました。けれどもそれを隠して、そうか。とだけ言いました。
彼はそれっきり何も言いませんでした。

食事が終わって、いつものようにコーヒー入りのマグカップを渡すと、彼は中身を半分だけ飲み、手探りでローテーブルの上に置きました。

「兵助。ちょっとこっち来て」

訝しげに男が近寄ると、彼は男の首に腕を回しました。

「兵助の顔が、知りたい」

彼は、自分の座っていたソファーに男をゆっくりと押し倒しました。


彼の指が優しく、男の顔をなぞります。時折目の色は?髪の色は?と囁き尋ねる声が漏れ、追い掛けるようにして、指がなぞった後を唇がなぞります。震える目蓋も、呼吸を忘れた鼻筋も。やがて唇に辿り着いた唇は、深い深いキスをしました。食らい付くような、飲み干すような、予定調和のようなキスでした。
キスをしながら彼の手は、男の服を緩めます。男は抵抗しませんでした。少し背中を浮かせ腰を浮かせて、脱がせるその動きに同調するだけでした。
二人はその夜セックスをしました。それは、男が今まで経験したどのようなセックスとも異なっていました。互いに今から触れるところ、触れているところ、触れたいところ、どうなっていてどうしてほしいのかを囁き合い、常に指を絡め合い。彼の両目は開かれていて、いやに色素の薄い目がぼんやりとどこか遠くを見詰めていて。男は、決して焦点を結ばないその視線がもどかしく、ただただ言葉を重ねて彼の意識に自分の存在を擦り込もうと必死でした。触れ合っているのにここにいない、そんなセックスは溶けるように甘やかでした。
今まで経験したどのようなセックスよりも、甘やかでした。


翌朝男が目を覚ますと、彼は消えていました。昨夜の彼の言葉を思い出し、男は今夜の興業に行くかどうかしばし考え、行かないことにしました。それが自然に思えたからです。
そしてサーカスも彼も、その日の夜のうちに旅立って行きました。戻っては来ないだろうと、男は思いました。






それから数年が経ちました。男は変わらない日々を過ごし、そしてたまに彼のことを思い出します。オムライスと少し歪んだハートと甘いセックスと、それからあのもどかしい視線。思い出して、ほんのりとした喪失感を噛み締めます。
そんなある日、仕事から帰ると部屋のドアノブが普段と異なっていました。

赤い、派手な金色の縁取りがされた布。

少し古ぼけた布が、ラッピングのように結び付けてありました。男の鼓動が跳ねます。彼が、この町にいるかもしれない。
男は駆け出しました。近所を、街を、サーカスのあったところを必死で探しました。彼の姿を探しました。ただ、会いたいと。それだけを願って探しました。


けれども、彼の姿は町のどこにもありませんでした。


おわり



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