・四肢切断
・監禁
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 真白な褥に埋もれる、真白な夜着を纏った肢体がそこに転がっていた。揺蕩う黒髪ばかりが黒い。赤子のように無垢な瞳を茫洋と天井に流し、ぴくりとも動きはしない。

「兵助」

 声をかけて、やっとそれはこちらを向いた。首をひねって顔だけを向けて、何ともつかない笑みを浮かべた。嬉しげであり悲しげでもある。もそもそと身動きをするがそれは何の意味ももたらしはしない。せいぜい敷布団の皺を増やすだけだった。愛おしいかな。肉塊といっても差支えのない物体に成り下がった兵助が、全力でもって私に近寄ろうとする。その健気さが、愛おしい。

「おかえり、三郎」
「ああ。ただいま兵助」

 兵助には四肢がない。正確には、二の腕太腿共に付け根から三分の一ほどを残して、その先がない。正しく処置を施された切断面は、滑らかな円錐形に縫合の跡を引き攣らせている。ほんの少しだけ膿むことを期待したのは昔の話。あれから時間の感覚が曖昧で、兵助の四肢を落としたのが遠い昔にも、ごく最近にも感じられる。美しい兵助。愛おしい兵助。

「飯の前にまず身体を拭くぞ」

 夜着を剥がし、痩せ細った身体を露にした。今更ながら羞じらうように、兵助は目を伏せる。可愛らしさに胸を打たれ、衝動的に額へ口付けを一つ落としてから、脇に腕を差し込み軽い身体を抱え上げた。胡座をかいた上へ乗せて、肩口に頭をもたせかけバランスをとる。まずは背中から、抱き込むようにして濡らした手拭いで丁寧に撫でる。腕の中の兵助は、くすぐったそうに一度身を捩り、それからすっかり大人しく、されるがままになっていた。





 体を拭いた後、着衣や敷布を清潔なものに交換して、それから更に、むずがる兵助を宥めすかしながら膝に抱いて食事を与えて私の仕事は終了となる。元通りに兵助を敷布団に横たえ、枕元に座り込んで左腕の切断面を撫でながら伽ともつかぬ外界の話をする。私も兵助も一等好きな時間。猫の仔のように目を細め、時折満足げな溜息で喉を鳴らしながら、兵助は私の声に聞き入った。話の内容に意味があるわけではない。そもそも、兵助は外界との遮断を望んでいたのだから。他人を怖がり、社会を怖がり、そして世界を怖がった。恐怖に耐えかねた兵助が、四肢を捨て私の腕に転がり込んできたあれは、いつだったろうか?

『三郎、怖いんだ俺は。この世界が、俺が生きている此処が、怖くて仕方がないんだ』

 兵助は怖がっていた。何より、自分の存在を怖がっていた。

『俺は生きている限り全てを喰い尽くしてしまう。世の中それなりに上手く回っているのに、俺が存在すればたとえ望まなくとも大きな大きな影響を与えてしまって、いつかは壊してしまう。それが怖い。俺は、俺が…』

 なまじっか才能があり、それを育てる努力に没頭したがために、兵助の能力は同世代の忍の中でも突出していた。それはいつしか重荷になり、兵助を追い詰めていった。

『なあ三郎。お願いだ』

 薄ぼんやりと覚えているのは、あのとき、ひたすらに甘い香りがしたことと、視界が白く濁って見えたこと。兵助の黒い目が、色を失ってきらきらと輝いていたこと。

『俺の手足をぶった切って、俺を飼い殺してくれ』





 ふと兵助が目を大きく開きこちらを見た。

「どうした?」
「三郎、もう怖くないんだ。なのに怖いんだ」

 視線は私の面を離れ、部屋で唯一外界と繋がる格子戸に向けられた。

「俺はもう無力で、お前がいなければあっさりと死んでしまう。だからもう何も怖くないはずなんだ。でも、そうしたら」

 もう存在しない手が伸ばされる。格子戸の方へと。

「あの戸から、迫ってくるんだ。俺が喰い殺してしまいそうだった全部が、あの戸の隙間からずるずると雪崩れ込んで俺を、俺を捕らえてどうにかしてしまいそうで」

 兵助の目は色を失ってきらきらと輝いていた。それはあのとき、私に与えたのと同じだけの恍惚をもたらした。兵助は美しく愛らしい。私の腕に転がり落ちてきた、私の兵助。恐怖に震え、私に頼るしかない、私に依存しきったそれ。

「大丈夫だ。私がいる。私が決してそんな目には遭わせない。だから安心していいんだ、兵助」
「駄目だ。怖いんだ。お前がいるときはいい。お前がいないときは?俺はもうどうしようもなく、世界に対して無力なんだ」

 ゆっくりと頭上にかがみ込んで、小さな頭を胸に抱いた。それは胸を突くほどに小さかった。

「大丈夫。私が守ってやる。お前を苦しめる全てを、私がなくしてしまうから」

 誰がくれてやろうか。この兵助を。やっと私のものになったこの肉塊を。兵助。へいすけ。愛している。お前さえいれば何も要らないくらいに。世界を滅ぼしても構わないくらいに。私の兵助。お前自身のものですらなくなった、美しく愛おしい私の。

 しかして不意に愛おしさに紛れ、詮無い考えが、脳裏をよぎった。




  ――はてさて、
    かように心を傾けたのは、
    果たしてどちらからだった――






 また来るよという挨拶はいつもしない。この部屋には時間というものが存在しないから、そんなものは意味をなさない。そして兵助は、私が必ずまた現れることを知っている。私がいかほど兵助を愛していて、兵助に依存しているのか知っている。
 建て付けの悪い格子戸を閉めて、大きな錠をかける。ふと興味が湧いて、細い隙間から兵助に一瞥を投げた。縦縞に区切られた視界を埋める真白な褥、真白な夜着、のたうつ黒髪。目が合うのは、


  表情のない、兵助。



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