・鉢くくと海で室町
・糖度高め
『ちょっとそこまで付き合えよ』
このしれっとすっとぼけた馬鹿のそこまでが徒歩3日だと知ったのは、目的地に着いた時だった。たまにはいいかと授業を休んでしまったことが悔やまれる。下手をすると、いやしなくとも、木下先生から拳骨を食らうだろう。ああ、気が重い。
「んで、わざわざ強行軍で歩かせた結果がこれか」
目の前に広がるのは一面の海。水平線によって隔てられた曇り空と濁った青色だった。疲れきった足を投げ出すように、乱暴に湿った砂浜に腰を降ろすと、隣の三郎は大きく背伸びをして破顔した。
「お前と海を見たかったんだよ」
「死ね」
一瞬にして切なげな顔になったところでちょっと溜飲が下がる。海に目を戻すと隣に三郎が座り込む雰囲気が感じられた。
「なぁ」
「なんだよ」
「この海の向こうに何があるのか知ってるか?」
手遊びに砂浜の砂を握って投げた。さらさらと手から零れることはなく、かといって握っても固まることはなく、中途半端にとさりと落ちた。
「異国だろう」
「違う」
黄泉の国さ。
三郎はやはり笑って言った。
「海の向こうに異国があって、その向こうにまた異国があって、その更に先にはきっと黄泉の国があるのさ」
「馬鹿馬鹿しいな」
「そうか?」
相変わらずの曇天に、光は射さない。重苦しい空気にはうんざりだ。三郎はまた何か、どうでもいいようなことを考えては独り感傷に浸っているのだろう。自己愛が強すぎるのは三郎の悪点だ。
「兵助」
「いい加減鬱陶しい」
「お前と海の向こうへいきたい」
「何だそれは気色の悪い」
「……お前もうちょっと恋人を労ることを覚えろよ」
わざとらしい溜め息に苛立ちが募る。馬鹿な三郎。それ以上に馬鹿なのは、そんな三郎の隣にいることを止められない自分。
手を伸ばして容赦なく、たそがれる柔らかな後頭部を叩いた。
「お前と黄泉までなんてぞっとする。誰が行くかよ、んなもん」
立ち上がって尻に付いた砂を払った。布は湿って、まるで猿の尻のようにそこだけ色が変わっていた。
「おい三郎」
「……」
私は半端なく傷付いてますよという空気を醸し出しながら三郎は、じっとりとした目でこちらを睨んだ。
「ちょっとそこまで付き合えよ」
「どこまでだよ?」
「海の向こうの直前まで」
三秒後、その言葉の意味を理解した三郎は爆発的に顔を赤らめた。俺はそれを見なかったことにして、ゆっくりと砂浜を歩き出した。
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