どうも違う。普段の調子が、こいつと二人きりであるというだけで狂わされてしまう。昨日だってそうだ。本当はあんな言い方をしたいわけじゃなかった。あんな風に、透き通るような表情をさせたいわけじゃなかった。けれども全面的に私が悪いわけでもない。だって、あんなに嬉しげに、あんなことを尋ねられたら、なぁ。そうだろう?
 兵助は私のことを知らないと言うが、それは私だって同じだ。この数日で気付いたことはたくさんある。例えば本を読むとき、右目だけを少し細める(きっと左右で視力が違う)。考え事をするとき、唇を尖らせる(口の中で考えを反芻しているらしい)。人を見るとき、意外なほどはっきりと目を合わせる(まばたきすらしない。そんな癖の一つ一つが兵助らしいなと、微笑ましく目に映った。

「兵助。昨日のことだが」

 背後にいるはずの兵助から返事はない。目をやると、赤い顔をし目を閉じて、ぐったりとしていた。

「おい!」

 肩を揺するが、目蓋を震わせるだけでほとんど反応はない。のぼせたのか。どうして?いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。自室に駆け戻り、手拭いを二三本と手桶を引っ付かんで井戸に走った。水を汲む間も気持ちが急く。違う。私はこんな人間じゃなかったはずだ。不安に指を震わせ、釣瓶を掴み損なうような、そんなどんくさい人間じゃなかった。
 濡らした手拭いで全身を拭い、首や脇の下を冷やすうちに兵助は意識をはっきりさせたらしく、薄ら目を開いて、水。とだけ言った。そうだよな。水飲ませてやらなきゃならんよな。そこまで考えて、はたと『どうやって』という言葉が頭に浮かんだ。兵助は横たわっていて身を起こせる状況になく、またこの状況で一度に多くの水を与えたら危険だろう。ここはいっそ口移しが安全か。と思い口に水を含んだところで、兵助と目があった。

「……」

 駄目だ。何故だか知らんがそれはやってはいけない気がする。絶対に。というか無理だ。できない。
 代わりに綺麗な手拭いに水を含ませ、そっと口許に寄せた。母無し子に乳をやるように。そうやって看病しながらも、胸の中は何とも言えない疑問やら不安やらで一杯だった。だがとにかく、口移しをしなかったのは、いろいろな意味で正解だったと思う。



summer-title
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -