蝉の声が響く。まだ昼にもなっていないと言うのに、この暑さは何だ。生きるのに必死な姿(実際には声だけ)が余計暑苦しさを増大させる。そう、苦しい。いっそのこと一思いにやってはくれないかと、詮ない思考をぐだぐだこねくり回して、要はひたすら
「…暑い」
うなぎの寝床よろしく並んだ長屋に風は入らず、しかしまぁ遮るものがあるだけましかという現状。夏休みなので人は少ないが、就活忙しい六年を前に、皆で遊ぼうという計画のもと友人(正しくは悪友)は学園に残ることを選択した。計画中は楽しく、突拍子もないことを言い合っては有意義な夏休みを夢想したが、残念なことに暑さという障害をすっかり失念していた。そんなこんなで、暑さに弱い俺は、この炎天下をものともせずはしゃぎ回る友人から逃れなければならない命題を背負っていた。
「…むなしい」
一人部屋の床に寝っ転がって、暑さへの怨み辛みを脳内循環させるのは、さすがに非生産的過ぎて自己嫌悪。ついでに温んだ床からまだ冷たいところへ移動しようと身を起こしたとき、ふっと部屋の入り口に影が差した。
無言かつ無断で部屋に入ってきたその男は、やはり何も言わず床に崩折れた。先程まで俺が伸びていた辺りに蛞蝓然と這い進む顔は、朝方洗面時、水面に映った誰かさんの顔と同じだった。そういえばこいつも夏が苦手だったな。けど、何でまた俺の部屋にというかそろそろ勘右衛門か八左ヱ門が――
「…おい」
稼働率の著しく低下した脳に、蝉以外の生物の声はやけにはっきり響いた(実際はもったりと掠れた声だ。今にも息絶えそうな病人のような)
「生きてるか…」
「…ああ」
「この床冷たくないんだけど」
「知るか。帰れ」
会話すら億劫だ。それは隣の三郎も同じだろうに、何故か奴は身をひっくり返し、うつ伏せになって顔を上げた。
「名案がある」
「下らない話で体力消耗させるな」
「いいから聞け。このままじゃ私たちは間違いなく死ぬ。そこでだ、兵助。
私たち、恋人になろう」
…俺が絶句したのはいうまでもない。
「ちょっ、黙んな。ふりだってふり。『恋人になったんで夏は二人で過ごしたいです』って言えばあいつらやり過ごして一日部屋でぐうたらできるだろ」
何というか、何も言えないが。突っ込みどころはいっぱいある気がするが、まぁ暑いからな。
折しも遠くから蝉に負けない元気な声が聞こえてきたところだった。
「どうする?」
俺は、精一杯のしかめっ面をして頷いた。
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