・鉢くくメルヘン
・特殊設定100%



 青空の下、そびえ立つキャンディーツリーに立て掛けた梯子を一歩一歩丁寧に登る。梯子の足は雲に埋めてしっかりと固定しているが、用心するに越したことはないから。色とりどりのキャンディーは年中収穫できるけれど、この時期は特に重要だ。触れれば落ちるくらいに熟したものからそっと摘んで、首から提げたカンガルーポケットに落とす。遮るもののない、昇ったばかりの太陽の光が艶やかなキャンディーの表面に反射してきらめいた。



 二時間くらいしただろうか。

「へいすけー!!」

 見下ろせば勘右衛門が。両手をメガホン代わりにして呼んでいる。

「なにー!?」
「三郎が“そろそろ来ないと仕事が始められない”だってー」
「分かったー」

 見れば一抱えはあるポケットはほぼ満杯になっていた。そういえば首も少し痛い。手にした最後の青いキャンディーをそっとポケットに落として、また慎重に梯子を降りた。

「いっぱい摘んだね」

 梯子の下で待っていた勘右衛門がポケットを覗きこんで言う。

「だって、いっぱい必要じゃん。梅雨だし」
「そんなこと言って。どうせ三郎と長くいたいからでしょ」
「違うよ。俺はただ、自分の育てたキャンディーがちゃんと使われてるか見届けるために…」
「あーはいはい。もう、変な口実作らないで素直に会いに行けばいいのに」
「勘ちゃん!!」

 勘右衛門はきゃらきゃら笑って走っていってしまった。全く、そんな風に用事もなく会いに行けるわけないのに。



 収穫したキャンディーをポケットからバスケットに移して、作業着のオーバーオールも着替えて、ついでに髪も結い直したりしてから家を出る。三郎の家兼作業所はここから歩いて15分くらいのところにある。
 この季節、ふわふわと柔らかさを増していく雲を踏みしめて、もちろん日々形を変えるそこには道なんてないから、時計と太陽を頼りに三郎の家へ向かう。抱えたバスケットが重い。やっぱりちょっと摘みすぎたかな。三郎、今日中にこれ全部使いきれるだろうか。なんて考えながら、15分間の道のりを歩む。



「よう。お疲れさん」

 ノックをしてからきっかり5秒後、三郎が扉を押し開けた。ん、とまずは重たいバスケットを差し出す。受け取った三郎の身体が傾いで少し笑ってしまった。ふらふらと奥へ進む三郎の後について中へ。勝手知ったる何とやらだが、俺が知っているのは一階の作業所だけで。生活スペースの二階には立ち入ったことがない。
 どさりと机の上にバスケットを置いて、被せたハンカチを丁寧に畳みながら三郎が言った。

「しかしどんだけ摘んできたんだよ、これ」

 からかい混じりのそれは、勘右衛門に言われたのと同じ内容でちょっと恥ずかしくなってしまって。

「いるだろ。梅雨なんだから」
「だからって、こんなになぁ。一日仕事になるぞ」
「いい。待ってる」

 溜め息混じりに三郎は、コーヒーミルを拡大したような機械の前に座った。バスケットの中のキャンディーを一掴み、その機械に放り込んで隣の端末を操作する。横顔は至って真剣でこちらに気を払う様子もなかったので、そっと部屋を出てキッチンの冷蔵庫から水のボトルを出した。グラス二つと一緒にまた機械部屋へ戻る。微調整が必要な設定は終わったのか、ちらりとこちらに笑顔を向けた。

「ん」

 水を注いだグラスを渡せば、受け取った左手に対して右手がにゅっと伸びて俺の口にキャンディーを一つ放り込んでいった。指先が微かに唇をかすめて、ほんの少しだけ胸が鳴った。

「自分でもいい出来だと思うだろ」
「あ…当たり前だろ。毎日気温に合わせて水遣りして、無駄な枝は落として、熟れすぎた実はちゃんと摘んで…」
「あーはいはい。偉い偉い」
「三郎!!」
「分かったから。ほら見るなら突っ立ってないでそこ座れ」

 釈然としないままに、三郎の示した椅子に腰掛け、並んでモニターを覗きこむ。機械がキャンディーを砕く低音が心地よい。
 俺の作ったキャンディーは三郎の機械で砕かれ、雲の下の世界に蒔かれる。細かい細かい欠片は融けて、やがて水滴になって雨と呼ばれて。普段は気まぐれにしか仕事をしない三郎も、この梅雨の時期だけは毎日機械を動かす。そして俺は、毎日三郎にキャンディーを届け、それが蒔かれるのを見届ける。
 無事にきらきらと宙を舞う欠片を見て、ほっとしたのと同時に欠伸が出た。三郎はそんな俺を見て、小さく笑う。

「どうせ朝早かったんだろ。こんだけ採ってきたんだからな」
「別に、そんなことない」
「意地張んなよ」

 キャンディーを一つ、今度は自分の口に放り込みながら、三郎は続けた。

「どうせ一日仕事になるんだ。今のうちに寝てこい。上使っていいから」



 初めて登った二階への階段。初めて入った三郎の部屋。思いの外雑然としていて、でもそれが妙に落ち着く部屋。窓側に置かれたベッドと、起きた時そのままの形で残っている毛布。
 躊躇いを覚えたが、それでも意を決してベッドに潜り込んだ。三郎の匂いがして、少し泣きたくなって、その頃にはもう、足の早い微睡みに捕まってしまった。



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