・プロ忍鉢くく
・シチュエーションが暗い
「“愛してる”」
苦無で上衣の袖を細く裂く作業に没頭する兵助に、膝を抱えて座り込んだ三郎が言った。言葉は確かに兵助に宛てられていたが、目は斜め上虚空を向いており、表情も些かぼんやりとしたものだった。また兵助も、一瞬三郎を見遣るもののすぐに手元へ意識を戻す。
「何だ、いきなり」
「いや」
兵助に真剣な追及をする気はなく、とりあえずと言った調子で投げ掛けられる台詞。今度は、幾筋かに裂かれた袖を二の腕にきつく巻き、締め上げることに集中し出す。座り込んだままの三郎が、やっとこさ右前方に立つ兵助を見据えた。
「今まで“好きだ”とか“惚れた”はよく言ったが、“愛してる”は言ったことがなかったと思ってな」
「そうだな。聞いた記憶がない」
「だろう?」
口と右手で締め上げた端を固く結ぶ兵助の言葉はくぐもって聞こえた。一連の処置が終わったのを確認して、ようやく三郎が動き出す。全身数ヶ所に仕込んだ得物を確認し、丸薬を一つ、口内へ放り込んだ。苦いそれを苦い顔で咀嚼しながら、
「でも、私はお前以上に言葉に出してるぞ」
と言った。
「そうか?」
「そうだ。お前の口から積極的な好意を示す言葉なんぞ聞いたことがない」
「言い方が回りくどい」
しばらく左手を握ったり閉じたり、手首を回したりしてから、兵助は腰の刀を抜いて刃を見詰めた。少し考えた後、鞘に戻して今度は鞘ごと床に放った。
「で、何の話だっけ?」
「愛情を言葉で表現するのは重要だって話だ」
「だから何だと言いたいな。三郎、俺にも痛み止寄越せよ」
先程噛み潰したものと同じ丸薬を指で弾き、兵助の手中に収まったのを何の気なしに眺めながら、三郎は言葉を重ねた。
「いやいや重要だろう。見えぬ聞こえぬ触れ得ぬ、五感ではその存在を証明できないものの存在を確かにするためには、五感に訴える手段でもってその輪郭を明らかにするしかない」
「んで、その輪郭を明らかにする手段が愛の言葉か」
酷いしかめっ面で兵助は応じた。
「それは何となく分かったが、しかし良薬は何でここまで苦いんだ?」
「お前、私の話を何だと思っている」
「たわごと」
本格的にむすくれ出す三郎に、眉を寄せたまま兵助は渋い笑みをくれた。そのまま無言で見詰め睨み合う二人だったが、不意に兵助が両手を挙げた。いわゆる降参の姿勢で首を二、三回振ると、笑みを深くする。
「“愛してる”三郎。どうだ?」
「ふむ」
顎に手を当ててわざとらしく考え込む三郎だったが、口の端が小さくひきつっていた。
「端的に言って」
「言って?」
「似合わない」
至極大真面目な結論に吹き出す兵助。三郎もまた吹き出し、二人で声を出さずに息だけで笑い合った。
和やかな雰囲気の中、突然三郎のもたれ掛かっていた戸が音を立てて震えた。
「どうやら俺たちに、“愛してる”は似合わないらしい」
「全くだ。そしてお客様が私たちに会いたがっているぞ」
閂をかけているとはいえ、間断なく叩かれる戸はすぐにも破れそうだった。大きく頭を降って黒髪を翻す兵助の隣に、立ち上がった三郎がやや身を傾がせて立ち並んだ。
「さて、行くか」
「そうだな」
決して触れ合うことはなく、しかしぴったりと寄り添って立つ二人。
そして、轟音と共に戸が破れた。
――
愛してるって言い合う鉢くくが書きたかっただけです
タイトルはguilty様よりお借りしました
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