そのままめでたしめでたしで終わればよかったのに。終わってしまえばよかったのに。でも、そうはならなかった。野心を捨てきれなかった叔父上。その信望者の一人が偶然、兵助を見付けてしまった。数年後の話だった。





 どうしてこうなった。ひたすらにその言葉を脳裏に巡らせながら、三郎は兵助の手を引いて雑木林の中を走った。追っ手は到底巻ききれない人数だった。飛び来る矢をかわしてまばらな木々の間を走り抜ける。逃げ切れないかも知れない恐怖に襲われて。
 それでも走った。寄り添って、生きるために。


 勘右衛門は早々に兵助確保のための一団から外れて一人、ひたすらに逃げているという二人を探した。知らず気持ちが急いてゆく。早く、早くと。こんなことになるなんて。苦い思いを噛み締めながら。きっと小さくない犠牲を払うことになるだろうという確信があった。
 それでも探した。二人を生かして逃すために。


 そして、


 色々なことが一度に起こった。勘右衛門は二人を見付けた。二人は前だけを見詰めて駆けていた。木々の間をすり抜けた矢が、三郎に迫った。

「三郎!!」

 叫んだのは誰だったか。
 咄嗟に兵助は握り合った手を引いて、三郎の身体は流れた。その反動で兵助が射線の上に躍り出た。
 矢は吸い込まれるようにして、兵助の胸に突き刺さった。

「へい…すけ?」
「三郎!!」

 瞬間、呆然と動きを止める三郎の腕を掴み勘右衛門は引き寄せる。何が起こっているのか分からない三郎。足元に投げ出された兵助の肢体を見下ろす。見開かれた目。兵助にはかろうじて息があったが、致命傷なのは一目瞭然だった。

「兵助…。どうして」
「おい!!三郎」

 勘右衛門は兵助を抱き上げる。とにかく逃げないといけないこの現状で、人一人抱えていくのは馬鹿な行いだということは分かっていたが、かといって残していくわけにはいかない。たとえ、あと数寸の命だとしても。

「ぁあ…さぶろう」

 抱え上げられた兵助が吐息に混ぜて言った。呻き声ともつかない言葉は聞き取りづらくて、しかし何故かはっきりと耳に届いた。

「へいすけ」
「そんな顔、するな。俺の身から出た錆でお前が死ぬのは道理じゃないから、これでいいんだ」
「…」
「あぁ、でも…死ぬのは怖いな」

 くしゃりと顔が歪む。涙が零れないのが不思議なくらいに。或いはもう、零す涙すらないのか。

「死ぬのは怖い。怖いよ三郎。独りになってしまう。孤独になるくらいなら死にたいなんて言った昔の自分が馬鹿みたいだ。本当に独りになってしまう。もうお前にも会えないなんて。怖いよ。死にたくないよ。もっと生きたかった。お前と生きたかった。さぶろう、俺は」

 三郎の目から、涙が一筋零れた。勘右衛門の腕の中で、兵助が三郎に向かって手を伸ばした。

「いやだ…。さぶ…ろ、い…ゃ」

 そして、息絶えた。

 力の抜けた身体を抱いて、勘右衛門は動けない。突っ立ったままの三郎と二人、息を殺していた。
 兵が近寄る気配を感じて、一足先に我に返った勘右衛門が身構えた。遅れて三郎が顔を上げる。そしてのろのろと腕を上げた。そっと兵助の頬を撫でて、それからくるりと背を向ける。

「三郎?」
「…兵助は生きたいと言った」
「……」
「だから、死ねない」

 走る三郎。振り切るように。全てをかなぐり捨てるように。その姿はすぐに見えなくなった。兵助の亡骸を抱えて佇む勘右衛門の横を、兵が次々と走り抜けていった。


 次に勘右衛門が三郎に合ったのは二日後、多くの兵になぶり殺され変わり果てた姿であった。





 兵助は死んだ。三郎も死んだ。守りたかった。守りたかったんだ。でも、俺は二人を死なせてしまった。いっそ死んでしまいたかった。けど、兵助も三郎も生きたいと、生きようとしていたのに、俺が死ねるわけがなかった。





「勘右衛門。いるか?」

 突然の訪問者を勘右衛門は穏やかに迎え入れた。こうして八左ヱ門や雷蔵がちょくちょく様子を見に来るようになった。心配しているのだということが如実に伝わる。だからこそ勘右衛門は、どんな時であっても彼らの前では明るく振る舞うように心がけていた。

「やぁ、ハチ」
「おう。どうだ調子は?」
「うん。見てこれ」

 勘右衛門は持っていた人形を八左ヱ門に見せる。それは精巧に作られた雛人形だった。
 雛人形ならば受け継がれてゆく。そう言って勘右衛門が人形作りに没頭し出したのは、二人が死んですぐのことだった。丁寧に、時には器用だった先輩の助言を借りて。二人が帰ってこれるように。と勘右衛門はことあるごとに言っていた。この人形の目印に、帰ってこれるようにと。
 どれ、と八左ヱ門は人形を手に取ってまじまじと見る。そして息を飲んだ。

「勘右衛門…これ」
「うん。ハチたちは知らないけど、検分したときにね」

 人形の顔は、ずたずたに切り刻まれていた。

「二人共、顔を潰してたんだ。きっと万一のときのためだったんだろうね。それも、意味なかったけどさ」
 一種の狂気をはらんだ、執拗な傷付け方に、八左ヱ門は目が離せない。

「だからそれは、二人がなんとしてでも二人で生きようとした証なんだよ」

 勘右衛門はそう言って、やはり穏やかに笑った。





 これが、兵助と三郎の二人の物語。悲しい悲しい物語だよ。だけど、幸せな時もあったんだ。そして二人は常に前を向いていて、生きようとしていたんだ。
 ねえ、君が生きている時代はどんな時代なんだろう。戦だったり身分だったり、そんなものはあるんだろうか?そして、二人はその時代にいるんだろうか?こんな宛てのない手紙を書いている俺は今、君の時代に二人が帰ってきていることを切実に願っている。
 そして、これはお願いなんだけれど、もし君の生きる時代に兵助と三郎がいるのなら、どうかそっとしておいてあげてほしい。二人が二人でいられるように、生きたいように生きられるように、そっとしておいて。どうか、お願いだ。
 この手紙はここでおしまいにしようと思う。宛てはないけれど、どうか、平和な時代の優しい君に届くことを祈っている。それじゃあ、またね。ってのもおかしいか。さよなら。顔も知らない君へ。読んでくれて、ありがとう。




――
 洒落にならない長文、お目汚しすみません…。
 えこ様、リクエストありがとうございました
 こんなものでよろしければお持ち帰り下さい
 これからもよろしくお願いします




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