夢堕ち幸福論。のえこ様へ相互記念の捧げ物です
 3月拍手文の室町版
 オリキャラ死ネタございますので、閲覧にはお気をつけ下さい




 やぁ。こんにちは
 初めまして。って書くべきかな?ごめん。こんな手紙を書くのは初めてだからちょっと緊張してる。
 読んでくれてありがとう。君は一体どんな人なのかな。宛てのない手紙だからさ。その分いっそう君のことが気になるよ。君の生きている時代はどんな時代なんだろう。戦はあるんだろうか?身分はあるんだろうか?君は幸せに生活できているんだろうか?
 ここに記すのは、戦とか身分なんかをものともせずに愛を貫いた二人の少年のことだ。守ってあげられなかった。赦されるならば、あとを追っていきたかった。でも、俺がそうやって死んじゃったら二人のことを知る人がいなくなっちゃうから。俺がそうやって死んだら、二人に怒られちゃうから。だから俺は恥を晒して生きてる。んで、この手紙を君にあてて書いている。
 さて、長くなったけどそろそろ本題に入ろうか。どこから書くか悩んだけど、素直に二人が出会ったところから書いていくことにした。ゆっくり書くからゆっくり付き合ってほしい。
 二人が出会ったのは何年前だったろう。ちょうど、俺らが四年生になってすぐの頃だった。





 久々知兵助と話してみたい。
 三郎がぽつりとこぼした言葉に勘右衛門は首をかしげた。

「兵助と?何で?」
「何となく。成績優秀者だし?」

 白々しいな。とは思ったが勘右衛門はそれ以上詮索しなかった。育った環境が災いしてか人付き合いを極端に拒む兵助の交流が、少しでも広がればいいと思ったからだ。三郎は皮肉屋で人を喰ったような言動が多々あるが悪い奴じゃないし、彼と行動を共にする雷蔵は兵助のペースでゆっくりと付き合ってくれるだろう。彼の悪友である八左ヱ門は兵助の遠慮などものともせずに引きずり回してくれるだろう。

「うーん。じゃあ今日の夕飯時にでも紹介するよ」

 学園に来て四年目の春。そろそろ何も考えずに付き合える友人が兵助に出来てもいい頃ではないかと、勘右衛門は思ったのだった。





 今でも思うんだ。こんなこと言ったって仕方ないのは分かってるんだけど、あの時、三郎に兵助を紹介しなかったらどうなっていたんだろうって。でも、紹介した結果を知っていたとしても、俺は二人を引き合わせてしまっただろうと思う。そしてやっぱり後悔するんだ。





「兵助。これがよく話してるおんなじ学級委員長委員会の鉢屋三郎。んで、隣にいるのが不破雷蔵と竹谷八左ヱ門」
「うん。名前くらいは知ってる」

 食堂で向かい側に座った三人に、兵助はややぎこちない笑みを向けた。それに対して、雷蔵は柔らかく、八左ヱ門は豪快に笑みを返した。話したいと言った当の三郎は無表情である。しかしそのことに対して兵助は特に疑問を抱かなかったらしく、すぐに自分の膳に視線を落とした。

「兵助は人見知りだけど面白い奴だからさ」

 勘右衛門はフォローを入れながらそっと机の下で兵助の服の裾を引っ張った。やはり強張った表情を浮かべた兵助が顔を渋々あげる。緊張を見て取った雷蔵が何か無難な話題を提供しようかと口を開きかけたとき、それを遮って三郎が口を開いた。普段は気怠げないし皮肉げな三郎の目は爛々と見開かれ、きつく兵助の面に当てられていた。

「久々知兵助。お前の本当の苗字は久々知じゃなくて○○だろう」

 声の低さに知らず背筋が粟立った。次いで言葉の意味が来た。勘右衛門が素早く目をやると、兵助はもともと色白な顔を更に真っ白にして、三郎を見詰めていた。

「久々知は母親の苗字だったか?下級の、末席の武士の娘だったそうだな。対して兄上は貴族の捨てられ児だとか。ご壮健でいらっしゃるか?」
「さぶろ――」

 話を止めさせようとした勘右衛門をごく小さな仕草で遮って、兵助は静かに、しかし芯のある声色で言った。

「俺も知っている。鉢屋三郎。父上の采配で従属を強いられるべきとされた一族の者だろ」
「ほう、ご存じでいらっしゃる。お父上はお前に何も教えていないのかと思ったよ。何せ、幼い時分から愛息子をこんなところに放り込むようなお方だからな」

 三郎はせせら笑った。口元を厭らしくねじ上げ、しかし視線はぎらぎらと光を増す。

「して、こんな下賎の者と同じ空気を吸うのはどんな気分なんだ?」

 明らかな嘲笑をはらんだ台詞が耳に入ると同時に、勘右衛門は思わず腰を浮かせた。その余りに酷い言い種に沸き立つような怒りを感じて、衝動のまま殴り付けてやろうかと思ったのだ。しかし腕を振り上げるより早く、兵助が口を開いた。

「別に何とも思わない。それに、お前が俺にそんな言葉をぶつけるのも仕方がないと思っている」

 それだけ言って兵助は腰を上げた。ほとんど手付かずの膳を勘右衛門の方に押しやり、おばちゃんに謝っておいてと呟いて食堂から出ていった。後ろ姿は悲しいくらい、毅然としていた。





 あのときは本当に、三郎を殺してやりたかった。それくらいあいつの言葉は酷くて、重くて、兵助を傷付けたんだ。兵助があの頃本気で悩んでいた部分を踏みにじる三郎が許せなかった。
 兵助は、学園より西側のとある広大な領地を治める領主の息子として生まれた。領主様はかなりの高齢で、奥方との間になかなか子供を授からなかったそうだ。そこである時、遠く血縁のある貴族から養子を貰ったんだ。と言うか体よく押し付けられたらしい。それが兵助の兄上。しかしその数年後、領主様がお戯れに手を出した下級武士の娘さんが兵助を身籠った。まぁ、その時は凄い騒ぎだったらしいよ。結果として娘さんは領主様の愛妾に落ち着いて、兵助が生まれたんだって。このとき、娘さんがお妾様になるようにって尽力したのが兵助の叔父上。叔父上は血の繋がりは大事だからとか言っていたらしいけれど、本当はそんな理由で尽力したんじゃなかった。
 領主様は高齢だった。そろそろ家督を譲られてもおかしくないくらいに。みんなは長男である兵助の兄上が家督を譲り受けると思っていたけど。領主様も初めはそのつもりだったけど。でも、ね。叔父上が領主様に反対したんだ。血の繋がりは大事だから、養子の兄上じゃなく実子の兵助に家督を譲るべきだって。もっともだって言う人といや違うって言う人がいて、叔父上と仲のいい人と仲の悪い人がいて、それはそれは大きな争いになった。当事者を残して、ね。
 兵助の母上はそんな状況を見かねて、領主様に頼み込んだ。どうかこの子を遠くへやってくれって。こんな醜い争いに巻き込まれたら、この子の心に大きな傷が残ってしまうって。領主様は了承した。そして信の篤い家臣の息子を傅役兼友人として付けて、学園に送り出した。それはもっともな計らいだったと、俺は思うよ。でも、兵助は悩まずにはいられなかった。だって誰も幼い兵助が何を思っていたのかなんて聞きやしなかったんだから。兵助は孤独だったんだよ。悲しいくらい、独りでそれでも生きていた。





 ぽつり、長屋の廊下の縁に腰かけて、夜着のままぼんやりと暗い庭を眺める兵助に、勘右衛門はそっと近付いた。並んで腰かけ、簡単に地面につく足を無理やりぷらぷらさせる。兵助はそんな勘右衛門を見て言った。

「せっかくお風呂入ったのに、足汚れるよ」

 他愛ない言葉はのんびりとしていて、勘右衛門は密かに胸を撫で下ろした。三郎の言葉に傷付いているのではないかと思ったからだ。しかし思い悩んでいる風には見えなかったので、

「八左ヱ門と雷蔵に、うちのこと話した」

 さらりと言わなければいけないことを言った。兵助はほんの少し眉を上げただけで、特に大きな反応は見せなかった。

「八左ヱ門はすげーすげー言ってた。雷蔵は特に気にしてないみたい」
「そっか…」
「嫌だった?」

 兵助は小さく首を振った。動きに合わせて音もなく背中を黒髪が滑る。普段と違いどこか幼げで無防備な仕草に、勘右衛門の胸がちくりと痛んだ。

「勘ちゃんが言ってくれたんでしょ。何も隠すことはないって」

 あぁ言ったよ。遠いところに放り出されて、不安と恐怖に押し潰されそうな兵助の手を引いて、人付き合いに慣れない兵助を宥めすかしながら。思わず蘇る記憶をなぞる勘右衛門に、兵助は柔らかく言った。

「ねぇ、勘ちゃん。三郎は俺のことを憎んでいるんだろうか?」

 あくまで柔らかく、穏やかに兵助は言った。





 あのとき、何て返したのかは覚えてない。けど兵助は、決して傷付いてるとかそんな感じじゃなかった。何て言うんだろう。安らいで見えたんだ。それが何故かなんて、当時の自分には分からなかったけれど。
 それから兵助は、ちょっとずつ雷蔵や八左ヱ門と仲良くなっていった。俺の目論み通り、雷蔵は兵助のペースでゆっくり話をしてくれて、八左ヱ門は色んなところに兵助を引っぱり回した。三郎もたまに一緒だったけど、もう絡もうとはしなかった。ただ、たまにぞっとするほど冷たい目で兵助を見ていただけで。
 そんな毎日が半年ほど続いたある日、紅葉の綺麗な頃、領主様が亡くなった。





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