鉢くく桜花奇譚二編
 薄く死を匂わせます



 勘右衛門はとうとうどこか遠くへ旅立つと言った。それがどこかは知っていたが、もう何も言わなかった。代わりに何かすることはないかと聞いた。頼まれたのは春、ある河原に立つ桜に酒を届けること。似つかわしくないウィスキーを片手に向かったのは、満開の頃だった。

 人気のないそこには先客がいた。薄い色の髪をした、若い男だった。こちらが声をかけるより先に気付いた男が口を開く。

「今年は勘右衛門じゃないのか?」
「奴は遠くにいった」

 男はそうかと何ともつかない顔をした。それは嬉しそうにも泣きそうにも見えた。

「お前は何なんだ?」
「俺は屍体だよ。この樹の下に埋まってる」
「風流だな」

 柔らかい髪を掻き上げる仕草と共に、ふわりと土の香りが漂う。成る程確かに、

「屍体だな」




「あれは事故だった。勘右衛門を責める気はない。あいつがもう来ないなら、俺がここに留まる理由もない」
「そうか」
「なぁ、最後の酒だ。飲ませてくれよ」

 にやり笑う男に、ウィスキーを一口含んで口付けた。冷たい唇の感触。くらりとめまい。

「いくのか」

 言葉は意思に反して拗ねたような響きを持った。

「いくさ」
「いって欲しくないと言ったら?」
「なら、お前がくればいい」

 伸ばされた手。その手を取ったのは、口付けの続きが欲しくなったから。この男がもっと、欲しくなったから。

「お前、名前は?」
「兵助」
「俺は三郎」

 三郎の手は、屍体に相応しく冷たかった。




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