「勘ちゃん…」

 佇む大好きな親友の姿に兵助は駆け寄ろうとしてたたらを踏んだ。勘右衛門が異様な雰囲気を湛えていたからだ。言葉にするのは難しい。何か、突き抜けてしまったような雰囲気を。勘右衛門はそんな兵助に柔らかな笑みを向け、次いで集った面々を見渡して言った。

「やっと、分かったんだ」

 呆然とする四人に構わず勘右衛門は語り出す。

「この世界は神によって作られたと多くの民が信じている。けれどそこから間違いなんだよ。神は民によって作られた。初めに民があって、民が生きる中で拠り所として神を作った。神は民の象徴であり代弁者だった。でも、初めは少なかった種族が増えて、世界が複雑化していく中で、神は異なる民の様々な思いを代弁者しなくちゃいけなくなったんだ。みんながよりよく生きたいと思う中で、神に託される思いは矛盾を含んで膨れ上がった。
 結局ね、神は苦しかったんだよ。つらかったんだよ。自らの中に矛盾を抱え込んで、それでも神たらんとすることが苦しくて、だから、二つに分かれちゃったんだよ。
 俺はずっと疑問に思ってた。神言を聞いて剣士を死地に向かわせたり、天候を変えて多く民を苦しめたり、そうしたことを繰り返す中で神は、民を愛していないのかなって思った。神はいったい何を考えているんだろうって、ね。でも、それは分かれた心が別々の意思を神言として下していたからなんだ。王の二人ならわかるんじゃないかな?表の神と裏の神。その二つの心が、互いに神たらんとして必死に足掻いてきた。
 それが、今になって限界を迎えた。あまりにも二つの心が離れすぎて、矛盾しすぎて。そこで裏の神は兵助っていう存在を作ったんだ。自らを滅ぼす存在として。それに気付いた表の神は、兵助と仲の良かった俺を選んで、兵助に対抗する存在に仕立て上げようとした。神を疑うべく過酷な境遇に置かれた兵助と、神を信じるべく神の声を聞き続ける俺と。でも、皮肉なことに兵助は神を疑うことはしなかったし、逆に俺は神を信じられなくなった。更には裏の王になるべき三郎が表の王になったりとか散々だよ。めちゃくちゃで、神の考えていた台本とは大分ずれてしまったけれど、俺たちはやっとみんなここに辿り着いた」

 すっと背筋を伸ばした勘右衛門が兵助に歩み寄ってその肩に手を置き、優しく柔らかい声音で言った。

「兵助。神を斬ってあげて。苦しみから解き放ってあげて」




 それは子供に見えた。膝を抱えてうずくまっている、小さな子供に見えた。あらゆる種族特徴を表していて、しかしそれ故に何の種族にも属さない一人ぼっちの子供に見えた。
 万感の思いがあった。ここに来るまでに経験した様々な思いが走馬灯のように脳裏を駆け巡り、かっと焼け付くように感じた。兵助はそれを強いて抑え込もうとせず、剣を握る手に力を込めて神にぴたりと切っ先を向けた。今まで培ってきた全てのものを、感じた喜びも悲しみも怒りも全て剣に込めて、そっと息を吐いた。その右側に三郎がいた。共に剣を振るった頃と同じように、何も言葉を交わさずとも互いの動きが理解でき、支えあって戦うことが出来る確信があった。三郎の剣に込められた様々な感情が共鳴するように自らの剣に唸りをもたらす。左側には雷蔵の姿があった。剣を持たぬ雷蔵は二人と神を視界に入れながら演算を組み上げ解放する時を待っていた。攻撃と援護のため。剣に感応させて演算はその威力を増し、さらに何倍ににも増幅して剣に返す。張り詰めた緊張の中で響きあう剣の静かな唸りを感じながら、ただ、皆が始まりのきっかけを待った。




「また会ったね」

 勘右衛門は八左ヱ門に微笑みかけた。それは八左ヱ門の記憶に残っているどんな表情とも異なる晴れやかで誇りに満ちた表情であった。

「あの嵐の夜以来だな」
「うん」
「お前のせいで俺までここに来ちまった」
「そうだね」
「でもよかったのかな。こうしてお前に会えたんだから」

 八左ヱ門の言葉に嘘はない。本当に会えてよかったと思っていた。運命のようなものすら感じて高鳴る胸を抑えて、ひたすらに思い続けた顔を見詰めた。そんな八左ヱ門の手に、そっと勘衛門が触れた。

「一つお願いがあるんだ」
「何だ?」
「手を握ってて。あの時みたいに。そのまま…強く」

 柔らかな言葉の中に隠された一抹の不安を、鋭敏な嗅覚でもって正しく嗅ぎ取った八左ヱ門は、触れてきた手を自らの手で包み込むようににして改めて握りこみ、きゅっと力を込めた。

「…ありがとう」

 ほっと息をついた勘右衛門が、次いで顔を上げ、神に対峙する三人の姿とその向こうの神を見据えて息を吸い込んだ。


 高らかに、歌が始まる。



lion-title
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -