切っ先は皮膚の上で止まった。止まったのは兵助の意思だろうが、止めたのは兵助の技量が成せる技だろう。成長したものだと他人事のように感慨が湧いた。剣先は微動だにしない。が、しかし兵助の口の端は僅かに震えていた。剣を突き下そうとする己と、下すまいとする己のジレンマだろうか。その震えを圧し殺すようにして、言葉が漏れた。

「どうして…」

 様々な意味を持つどうしてだった。それは私に向けられるのと同時に兵助自身にも向けられていた。湧き上がる不安。このまま兵助が泣き出すのではないかという。事実、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「兵助」
「…なぜ?」
「私は、ただお前を守りたかっただけなんだ」

 全くの本心であった。隠し通せるはずがないと思った。何より隠せば、それはそれだけ兵助を傷付けるだろう。だから、もうここで吐き出してしまうしかないのだ。

「俺は…」
「お前を守りたかった。最下層にあって気高く美しいお前を。清濁全てを飲み干してなお凛と立つお前を。何より、こんな私をありのままに見詰めてくれたお前を、守りたかったんだ。神はお前の存在を認めないと知って、こんな方法しか思い付かなかった。すまない。すまない兵助」

 急に消えてしまったこと、何も話さなかったこと、強引に臣下に引きずり込もうとしたこと、無理やりに覚醒へ導いたこと。全部私のエゴであり、兵助の意思ではない。ぶちまけてしまえば、あとは謝るしかなかった。
 ひたすらすまないを繰り返す私を、兵助の視線が射る。それは、私が何より好きだった硬く意志のこもった視線だった。

「三郎。俺は弱くない」
「…あぁ」
「俺はお前に守られなきゃならないほど弱くない。俺はそんなこと望んでいない。お前の隣に立ち剣を振るうことが、俺の望みであり幸せだった」

 知らなかった。けれども薄々気付いていた。信じきれなかったのだ。兵助も私を好いてくれていると、臆病な私は信じきれなかった。きっと細められる目。神々しいまでの迫力をもって、兵助は吼えた。

「神が俺を認めなくても俺は存在する!!俺の存在理由は俺が持つ!!お前にも誰にもこの俺を委ねることはない!!」

 あぁ、本当に。

「三郎」

 何と美しい。

「お前はもっと早く、俺に話すべきだったんだよ」
「全くだな」

 まるでき物が落ちたよう。凝り固まったエゴも鬱屈も、全て洗われる心地がした。




 予定されていない、神も知らない反逆児の襲撃により城内は大混乱に陥った。願ってもいない好機。謁見の間に集まろうとする兵士や神官の間をするり駆け抜けて、神を探した。年若くして最高位に次ぐ地位に立つことが出来たのは、ひとえに神に感応する力がずば抜けていたからだ。民や城の誰よりも神の存在を感じ、その意思を読み取ることが出来る力。力と言うよりはもはや生まれ持った性質だろうか。嫌でも神に感応してしまう精神。それが、自分の中で懐疑を育てていった。
 その性質を、生まれて初めて意識して使う。神と通じ合い、居場所を探した。胸中には確固たる覚悟があった。自らの存在と引き換えにしてでも、神に全て懐疑をぶつけ確かな答を得ようと。それは幼馴染みで誰よりも大切な友人のためでもあったし、たった一度だけの邂逅ながらくっきりと意識の中に輪郭を残す男のためでもあった。自分以外の所以を持ったことがより覚悟を固めてくれた。あとはただ突き進むのみ。



「ここが…」

 幾つもの扉を壊し複雑な城内を抜けて、辿り着いたのは地下洞窟だった。ぴたりと風すら動かない、真っ暗なその奥に神の存在感をひときわ大きく感じて背筋が粟立つ。洞窟の行き止まりには硬く閉ざされた石造りの扉があった。そしてその先に神がいるのだという確信が、あった。
 そっと扉に手を触れる。どうやっても開きそうにない扉はひんやりとしていた。これまでしてきたように破壊のための歌でもって扉を壊そうとし、しかし疲れもあってその心地よさに誘われるように額を預けた。

 爆発的に、流れ込む感情。


「あぁ…。そうだったんだ」

 神の思念が奔流のようにこの身に溢れた。恐怖と歓喜を筆頭に、もはやどう形容していいのか分からないものまで。複雑で入り組んでいて切実で。本当に、身を切るように切実なそれら一つ一つを丁寧に受け入れて、思わず微笑みがこぼれた。その感情の一つ一つが答だった。やっと全ての懐疑に対する答を得た。この身に凝っていた狂気のような懐疑が、緊張と共に融解していく。

「…大丈夫」

 そっと額を扉に預けたまま息を吸い込み、吐息に乗せて小さく歌う。破壊のためではない、ただの、慰めの歌。神が求めている安らぎの歌。
 呼応するようにして扉が開いた。吸い込まれるようにして、その奥へ足を踏み込んだ。




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