久し振りに見る友人の顔は、ほんのりとやつれたようだった。

「勘ちゃん…?」
「兵助」
「大丈夫?何か、疲れてるみたいだけど」
「大丈夫大丈夫。最近ちょっと忙しくてね」

 神の言葉を聞きそれを王に託し、また王の意図を神に伝えて是非を問う。神を宥め民を治めるのが神官の役目。幼齢の頃に初めて神の言葉を聞いた勘右衛門は、特に優秀な神官として神官団でも重要な役についているのだという。しかし、ここまで忙しくしているのは前王の崩御と新王の誕生以来である。

「俺に聞けることなら、聞くよ」

 勘右衛門はじっと俺の顔を見詰めて、しばし何事か思案した後、張り詰めた声で言った。

「神の意に沿わぬ事態が生じている。現王にあの男が就いたことから始まって、小さかった歪みが広がってきた。神はお怒りだ。歪みを正すべく強硬手段が取られるかもしれない。一方で、現王の意図が読めない。神に従おうとしているのか、背いているのか。いずれにせよ、神を宥めるのも限界が近い」

 早口で語られる内容は、到底一介の剣士が関わってはいけない内容だった。背筋が粟立つ。口を開こうとした俺を制して、勘右衛門は続ける。

「神だけじゃないんだ。問題は。旧き賢者たちが密やかに囁き交わしている。どうやらもうすぐ、"何か"が現れるらしい」
「"何か"?」
「崩壊と再生。どちらにしても、神が赦しはしないだろう。
 兵助」
「何?」
「気を付けて。賢者の示すその"何か"が、俺にはお前としか思えない」




「三郎?」

 謁見の間は明かりを全て落としていて、自分の持った明かりがぼんやりと橙色を広げるだけだった。誰もいない部屋の中で、三郎は王座について頭を抱えていた。

「大丈夫かい?酷く痛む?」
「いや、大丈夫だよ」

 言葉とは裏腹に顔は歪み、荒い息を吐いている。明かりをそっと足元に下ろして、三郎の前に跪いた。手を伸べて、彼の両手を包み込む。

「済まない…。雷蔵」

 普段皮肉げで破天荒なこの王は、僕の前でだけこんな弱った面を晒す。それは僕に僅かな優越感を感じさせ、同時に僕を苦しませる。何故なら、彼を弱らせている原因の一部は僕にあるからだ。苦しみを庇護欲に変換して、出来る限り優しく言葉を紡ぐ。

「無理をしたらいけないよ。僕のことなら、何の心配も要らないのだから」
「もう少し、もう少しなんだ。これが終われば、君に光さす王座を返すことが出来る」
「僕はそんなものより、お前の身体の方が心配だ」
「私なら大丈夫さ」
「そうかい?けれども忘れないでおくれよ。お前はお前自身であるのと共に、僕の半身でもあるのだから」

 双胎として生まれた僕たちは同じかたちをしている。ただ一つ、角の有無を除いて。僕の頭には、どこに出しても恥ずかしくない隆々とした角があった。対して三郎には、角が生えるべきところだけぼんやり毛色が異なるだけで何もない。決定的な違い。しかしそれ以外は何もかもが同じであったことが、ことの始まりだったのだ。僕たちは取り違えられた。本来王に選ばれたのは僕だった。幼い頃に取り違えられたせいで、三郎が王位に就くことになった。そして僕は、三郎の代わりに影さす王位に就いた。
 神は、この予定調和を外れた状況に対して怒っている。しかし三郎は構わず、僕に懇願した。しばらくの間、王位を貸してほしいと。この世界がもうすぐ転換を迎えるから、それまで。どうしても、守りたい人がいるから。と。

「お前の言う転換はもうすぐなんだね」
「ああ。もうすぐだ」
「それが終わったら、お前は解放されるんだね」
「私だけではない。皆が、君だってこの世界から解放される。そして君は、新しい世界の初めの王になるんだ」
「なんだか僕には荷が重いように感じるよ」
「そんなことはないさ」

 包み込んでいた三郎の手が、僕の手をきゅっと握り返した。汗ばんだ手には確かな意志が感じられて、不安な心が少し融けてゆくのを感じた




 ハチの部屋は雑然としていた。しかし乱雑ではなく、どこか温かみを感じる散らかり具合だった。

「いやぁ、あのときは済まなかった」

 あっけらかんとハチは言う。この明け透けな人柄には好感が持てた。と同時に、どうしてこんな男が反逆児のリーダーをやっているのか不思議で堪らない。そこで思ったままをそのまま尋ねた。尋ねることを許す包容力を感じたからだ。

「そんな大層なもんじゃねぇよ。俺は俺と俺の群が無事に生活出来るならそれでいい。つってもこの位置に不満があるのは確かだがな。俺は反逆児だが、懐疑者じゃねぇんだ」
「懐疑者じゃない?」

 問い返すと、ハチはくしゃりと笑って頭を掻いた。照れるようなその様には嫌味がなく、大男のくせに微笑ましい。

「名前も知らない川鼬族の奴で、会ったのも一度きりだが、そいつが俺に懐疑を唱えた。神官だった。神官のくせに、神を疑い王を疑い世界を疑って。その痛切なかたちが胸に残ってな。そのせいで俺まで疑うようになっちまった。いわば、俺は懐疑の代弁者なんだ」

 惚れているのか?と訊けば、勿論だ。と答えた。

「俺が懐疑を続けて、それが聞き入れられたら、そいつを迎えに行ける気がするんだ。そいつも、全部から解放される気がするんだよ」

 ハチの言葉に嘘は感じられない。ならばいいかと小さく息を吐いた。懐疑を抱く神官など一人しかいない。勘右衛門が決して独りでないことに安堵した。俺が受け止めてやれない勘右衛門の部分を、ハチならきっと受け止められるだろう。
 ハチは顔を引き締めて座り直し、今度は俺に問うた。

「それで、お前が俺に会いに来たのは何でだ?」
「仲間に入れてほしい」

 端的に述べる。声は乾いて錆び付いていた。

「俺たちは懐疑を唱える。そのためには王を殺めることすら辞さない」

 お前にその覚悟があるのかと、苛烈な目が言った。

「俺は懐疑を抱いているわけじゃない。ただ、王が何を考えているのか知りたいだけだ」

 三郎は何を考え、企んでいるのか。俺をどうしたいのか。それが知りたかった。言葉では駄目だ。口の上手いあいつのことだから、誤魔化してしまうに違いない。ならば、剣を交わしてその剣に問うしか方法はないのだ。

「分かった。なら、お前を俺の群に迎えよう。今からお前は俺たちの一部だ」




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