最下級種族である人間の、しかも孤児の自分には剣士くらいしか生きる道はなかった。ない訳ではないが、この底辺から伸し上がるには剣士になるしかない。そう志し、幼齢の頃から必死で剣を振るってきた。
 奴に会ったのはそんなまだ幼い頃、住み処としていた下方街の隅だった。

「よう」

 飄々とした素振りで奴は片手を挙げた。まるで昔馴染みにそうするように。奴は最上級種族、金鬣族の者で、しかしその証たる角がなかった。金鬣族と言えば、上級剣士を多く輩出する貴族階級がほとんどだ。そんな種族の者がここにいる理由は一つ、奴が不具者であるため。

「角のないライオンが何の用だ」

 皮肉を込めた言葉に奴は厭らしく口角を上げた。




 奴が消えて月が一周した。最近は神官の友人も忙しくしているらしく、一人でいることがほとんどだった。奴がいないと張り合いがない。訓練所に行くことも少なくなって、またそういうときに限って神言もない。蓄えはあるので生活には困らないが、何とも空虚な心地だった。
 そんな中、とうとう王が崩御したと風聞があった。心篤く保守的でありながらも多く民を宥めたよき王。会ったのは剣士任命式以来ではあるが、追悼の意でもって他の剣士仲間と剣楽を捧げた。
 しかし喪も明ければ、話題になるのは次の王であった。古くは最上級階級の中から選ばれたものだが、今は王の血を引くものから選ばれるようになった。ならばまた堂々とした体躯の、種族的特徴を完璧に兼ね備えた金鬣族から選ばれるに違いない。そう思っていた。
 ところが、戴冠式の後出席者は口々に言った。今度の王は角なき不具者であると。




 凄まじい嵐に飛び込んだ廃屋には先客がいた。自分と同じく雨宿りだろうか。暗闇に目が慣れると、それが川鼬族の者と知れた。

「酷い嵐だな」
「俺が呼んだんだ」

 その言葉にまじまじと相手を見る。びしょ濡れの神官衣を確認して、やっと相手が高位の神官であると理解した。どこか覚束ない足取りでこちらに寄る彼は、予想に反して若く、ともすれば同い年に見えた。

「大丈夫か」

 相手はかたかたと震えていた。水と相性のいい川鼬族が風邪をひくとは思えないが、しかし尋常な様子でもなかった。柔和な顔が青ざめている。思わず肩に手を伸ばすと、彼はそっと胸元にしがみついた。

「お前、剣士か」
「あぁ。そうだ」
「神を疑ったことはあるか」

 ひしと見詰める目は恐怖を映していた。幼児にするように滑らかな頭を撫でてやりながら、努めて真っ直ぐな声で答える。

「いや、ない。剣士にとって、神と神言、王は絶対だ」
「俺は…」

 動揺しているのか、胸元を掴む手に力が込められた。

「俺は神が分からない。神も王もこの世界も、俺には分からないんだ。神の予定調和のままに、俺が嵐を呼んだ。この嵐で多く作物に被害が出るだろう。死人だって出るだろう。なのに神は嵐を呼ばせた。今代の王は俺が神言に基づき選んだ。なのにそれは間違いだった」

 神を疑う神官。神官団にばれようものなら抹殺されてもおかしくないだろう。そのあり方は、余りにも危うい。それを理解しているのかいないのか、彼はどうしてを繰り返す。

「どうして神は王を選ぶ?どうして神は剣士を戦わせる?どうして神は人を殺す?どうして世界はこんな秩序を持つ?どうして…どうして!!
 どうして俺は神の声を聞いた」

 胸を裂くような悲鳴は、雷鳴と相まって俺にしか聞こえない。頭一つ小さな身体を、守るようにしっかりと抱き込んで、小さな耳に囁いた。

「俺に、何か出来ないか」

 たった今会ったばかりの何も知らない男だが、その有り様が悲しくて、不安定さが愛おしくて。これが世に言う一目惚れなのだろうか?一目惚れとは、こんなにも悲しいものなのだろうか。

「抱いて…そのまま強く」

 川鼬族と銀毛族。決して相性のいい種族同士ではない。しかし、濡れた身体を温め合うには十分だった。



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