足場を崩された方が負け。共通の認識に梢へ飛び付いた六年生二名の動きが止まる。忍には不釣り合いとしか言いようがない戦斧を構えた雷蔵が、跳弾のように次々と枝を蹴って留三郎に迫る。ぞくり背中が粟立った。とっさに一つ下の枝へ降りる。同時に全体重でもって振るわれた戦斧が枝を折った。回転のかかった雷蔵がそのまま下へ刃を回す。止めようと伸ばした苦無は簡単に弾かれた。重い。同じ枝に降りようとする身体に対して跳躍。今度は上の枝へ。追う雷蔵がまるで死神と写った。
 がっしりとした体格に似つかわしくない軽い動作で文次郎は勘右衛門に詰め寄った。枝を蹴って逃げようとするが、文次郎が苦無を足場の枝に突き立てるのが先。蹴ろうとした刹那足場は崩れ、自由落下を始める。命を危ぶむほどのの高さはないが、落ちたら骨折は必至。獲ったと確信する文次郎の目前を、黒いものが走った。それは頭上の枝に絡み付き、撓む。負荷に耐え切れず枝は砕けるが、反動を利用した勘右衛門は既に新たな枝に立つ。右手に握られるのは細く長い皮を編んだ鞭。一度たりとも勘右衛門がこのような武器を使うところを学園で見たことがない。迷いが目に表れる。
 防戦一方になりながら留三郎は思案する。次々と枝を打ち払う雷蔵。力任せの動作は得物の重さに上下渡る慣性を乗せたもの。それに雷蔵自身の力が加わり正面切って打ち合うのは不利でしかない。どうするか。長く考える余裕はない。足場はあらかた、しかも下からなくなってゆく。上に上に逃げるのは、万一落ちたときを考えると得策ではないが、しかし他に逃げ場はない。曖昧な覚悟で、徐々になくす選択肢に追われ留三郎は雷蔵の懐に飛び込んだ。
 縦横無尽。右手の鞭を腕として迫る勘右衛門に文次郎は冷や汗を滲ませた。左手に握られた苦無を何とか打ち返すが、何処から来るか分からないそれに判断が遅れ切り裂かれた皮膚から血が流れる。対して拍動が強まる。霞がかった思考が鮮明に、戦に直面してより研ぎ澄まされてゆく。風の動きだけを頼りに不安定な足場でバランスを取って。そんな文次郎の変化を知らずか、安直としか思えない右からの刺突。打ち払わずにその腕を掴む。とっさに鞭を振るって枝を折り、引かれるままに飛び込む勘右衛門。その胸倉を取って幹に押し付ける。にやり、顔が笑んだ。
 飛び込んだ瞬間に投じられる雷蔵の戦斧は狙いを違わず背後、文次郎の足場としていた枝の根元に食い込んだ。二人分の体重を支えきれず傷付いた枝は折れる。両手を勘右衛門に差し伸べていた文次郎は成すがままに落ちた。対して、勘右衛門は鞭を上部の枝に絡め、引く動作で跳躍する。一連の流れに気を取られた留三郎を抱える雷蔵が、膝を跳ね上げ腹を打つ。反射的に身を丸め、そのまま腕をかわして低い位置から拳を振るう。確かに腹を穿とうとしたそれは、頭上から伸びた鞭が絡んで止められる。間一髪で力を抜き骨が砕けるのを防ぐが、それは同時に大きく振るわれた鞭の動きに対する抵抗を奪い、踏ん張ることもできず不安定な足場から落ちた。

「ありがと」
「いえいえ。んじゃ、俺はそろそろ行くね。後は一人で大丈夫?」
「うん。だって僕だよ」
「雷蔵ったら頼もしい」

 何とか受身を取ったものの、強い衝撃に横たわる文次郎と留三郎の横に、雷蔵が降り立った。柔らかな笑みは変わらない。それがいっそう不吉に思えた。




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