見遣ればそこに文次郎がいた。どこか茫然とした様で、俺を見付けたことにも気付いてないのではと思う。意思とは裏腹に湧き上がる苛立ちに、一発殴ってやろうかと思ったが、余りにも酷い火傷の痕に手が止まった。

「お前…一体何があった」
「あぁ」

 それっきり言葉を発しない。これは本格的に危ないかもしれない。毒か、あるいは頭を強打したか。腕を引っ掴んで有無を言わせず近くの川へ引き摺って行った。いつもならば何らかの抵抗を示してもよさそうなものだが、されるがままだ。気味の悪ささえ感じていささか乱暴に川に突き飛ばした。

「文次郎。何があったか言え」
「竹谷が…」

 それだけ口に出して頭を振る。力なく項垂れて川の中に座り込む。
 竹谷。生物委員長代理か。あそこは毒虫の扱いに長けている。しかしまだ生徒の身とはいえ毒にも耐性を付けようと鍛錬するこの馬鹿をここまで至らしめるようなものが扱えるとは思えない。頭を打ったかと眼球の動きなどに意識を向けるがそういったこともなさそうだ。
 火傷は見た目だけでそう酷くはないらしい。もっとも見た目は相当なものだが。全身に水をかけてやり、次いで頭にも大量に水をかけ、それでもまだぼんやりとしているので頬を張った。

「っ…。留三郎?」
「いい加減にしろ。何があったか聞いてるんだ俺は」
「知らん。俺は、逃げて…」

 全く要領を得ない。本格的に殴り合ってやろうかと思ったときに、微かな矢羽音が聞こえた。

「仙蔵と長次か…」

 ひとまず馬鹿は置いておこう。戦線を立て直すのが先だ。そう思い、しかし置いて行くわけにもいかないので文次郎を背負い、川を上がろうとした。

「先輩、手どうぞ」

 伸ばされた手は余りにも自然で、思わずありがとうと手を握ってしまった。目を上げれば、艶やかな黒髪と柔和な笑顔。

「尾浜…」

 弾かれたように距離をとる。不穏な空気にやっと文次郎が背から降りる気配がするが、向く余裕がない。

「どうも。食満先輩は鉢屋でしたっけ。潮江先輩は、あぁ、お可哀想に」
「お前、文次郎に何をした?」
「俺じゃないですよ。ただ、ハチのあれはえげつないですからね」

 ゆらり、文次郎が前に出た。

「尾浜」
「何でしょう?」
「あれは…何だ」
「さぁ、何なんでしょうね。俺に付いて来たら分かるかも知れませんよ」

 尾浜はくるりと背を向け、駆け出した。



 計画は予定通りだが、少々しんどい。どうせなら振り切って逃げてしまいたいのに、適度な距離を置いて追いかけさせなければならないなんて。これが兵助の策じゃなければとっととどこか遊びに行くんだがなぁ。そんなことを思いながら、ひょいと樹に回り込み先輩の視界から消える。折りしも手裏剣を打とうとしていたらしく、風を切る鋭い音が聞こえた。追撃の様子がないのを確認してまた視界に戻る。ひょこひょこと続けるかくれんぼももう終わりに近い。
 最後にきつく地面を蹴って、樹上に飛び付いた。あらかじめ待機していた雷蔵が、竹筒の水を差し出してくれる。

「お疲れ様」
「もうやりたくない」
「あはは。そうだねぇ」

 食満先輩の硬い瞳が、しかとこちらを捉えた。

「もう大丈夫?」
「んまぁ、雷蔵とだし大丈夫だよ」

 互いの拳をこつんとぶつけて、同時に幹を蹴った。




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