「仙蔵…」

 振り返れば長次がいた。何でもないように手を挙げようとして失敗する。痛みに引き攣る全身、自分の意思に反して鈍い動きに舌打ちする。

「お前…大丈夫か?」

 酷い様は自覚している。鳩尾を突かれ動きを止めたあと、終始相手優位のまま思う様嬲られ続けた。全身に浮いた内出血の痕。素晴らしい手加減のお陰で命には別状のないものの、動きはかなり制限される。
 しかし、何よりも痛いのは精神だ。後輩にいいように弄ばれる屈辱。的確にこちらの弱点を突き、叩き潰してゆく奴の顔には丁寧に覆い隠した愉悦があった。殺してやりたい。食い千切らんばかりに噛み締めた唇が血を滲ませる。

「貴様は大丈夫なのか?」

 話を逸らす。目をやれば、長次は血に染まっていた。止血を施しているのであろう両肩の白布にもじんわり桃色が見える。

「不破が…」
「油断したのか」
「真意が知りたかった」

 真意なぞあろうものか。長次の優しさは彼に無要の傷を負わせた。可愛い後輩だと思っていたらこの様だ。しかし、このまま済ます訳にはいかない。徹底的に骨の髄まで恐怖を覚えさせてやろう。

「他の連中は?」
「分からん…。初めに会ったのがお前だ」
「矢羽音を飛ばすか」
「…止めたほうがよいかも知れない」
「何故だ」
「いや…予感だ」

 長次は酷くきつい目元で言った。鍛え上げられた身体に見失い易いが、本来ならば思慮に長けた男なのだ。このお遊びに何やら思うところがあるのかもしれない。しかしそうも言ってられない。

「飛ばすぞ。読まれたところで何が出来る。あいつらは圧倒しなければ止まらないだろう」
「……」

 大まかなこちらの場所と連絡を請う旨矢羽音を飛ばす。返事が返ればすぐ動けるようにと、腰を上げ得物を確認しようとした。

 そのとき

「お迎えにあがりましたけど?」

 厭らしく上げられた口角。少し離れたところに鉢屋三郎が立っている。

「やはりお揃いでしたね。先輩、雷蔵はどうでした?本人は中々楽しみにしてましたけれど」

 かっと頭に血が上る。しかし駆け出すのは長次の方が速い。後を追う形で地を蹴ると、鉢屋はくるり身を翻して、逃げた。





 割に合わない。これが兵助の組んだ策じゃなければ放棄しているところだ。無造作に手を挙げ、獣道頭上に茂る枝を苦無で落とす。更に撒菱を遠慮なく散らし、思いつく限りの妨害を仕掛ける。常ならば足の速さは立花先輩と互角。中在家先輩よりも少し速いくらいか。しかし頭の沸いた二人が競うように駆けて来るのだ。幾ら立花先輩が兵助の性質の悪さを一身に浴びていたとしても分が悪い。
 背後から襲う縄標をぎりぎりで跳ねかわして、地を蹴る勢いで足袋に仕込んだ飛剣を飛ばす。硬い音ははじいたか。まさか刺さるとも思ってはいないが。
 そんな攻防は、しかし長く続かない。森の中そこだけぽっかりと開けた空間が見えた。最後はほとんど跳ぶようにしてその空間に身を入れる。

「誘導ご苦労」
「本気で疲れた」
「足引っ張んなよ」
「保障はできねぇな」

 あらかじめ待機していた八左ヱ門と軽口を叩く。

「ほいじゃ、軽くいきますか」

 揃い踏む先輩に目をやる。可哀想な人達だ。彼らは俺達をまだ、知らない。




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