「もう、いい加減にしろ」

 荒い息を吐いて告げれば、目の前の俺がにやりと笑った。
 幾度刃を撃ち交わしただろう。鏡を見ているとしか思えない動作で、相手も同時に得物を引く。これならば苦無ではなく得意武器を使えばよかったか、と思う反面、それすら真似されたら堪ったもんじゃないとも思う。同じ顔同じ仕草、同じ戦い方。苛立つ心を理性で希釈してゆく。落ち着かなければ、下せない。

「そろそろ飽いてきましたか?」

 同じ声音が違う調子の台詞を述べる。厭らしい挑発的な後輩のそれだ。

「あぁ。お前の猿真似は見飽きたな。違う演目は用意してないのか」

 言うが早いか右手を差し伸べる。同時に伸ばされる左手と打ち払い、これを囮に足払いをかけようとしたが、手応えがやけに軽く読まれていることに気付く。何とか踏み止まって腕を取ろうとするが、全く同じ動作に結局は一歩引くことになった。

「とびっきりの演目が用意されてますよ。でもまだ時間じゃない」
「ほぉ。お前のそれは時間稼ぎだってのか?」
「遊びですよ。ただのね」

 鉢屋は、不意に得物を引いた。更に顔を不破のものにして続ける。

「変装名人の言葉の意味、分かりますか?」
「はぁ?」

 正直、この千日手にうんざりしていた。突破口を求めるためにも、話に乗る。

「変装っていうのは、形を真似るだけでは駄目なんですよ。仕草を加えてもまだ足りない。相手の思考、感情。そういった内面的な部分まできっちり真似ることで、初めて変装と言える」
「ふぅん。ならばお前は、俺が何を考えているのか分かるのか?」
「分かりますよ。当たり前でしょう?だから、あんなお遊びが出来るんです」
「本当に遊びだな。実際、お前は俺を倒せていない」
「まぁ聞いてくださいよ。私が名人と呼ばれている訳はですね、その変装した思考の上に、自分の思考を重ねられるからなんですよ。相手に完璧になりきって、その上で自らの意思で動く。全く同じ動作の間に、ほんの少しの己を滲ませ狂わせる。凄いと思いません?」
「思わねぇよ」
「本当に?例えば、先輩はもう自分が狂わされているとは思いませんか?」

 残念だが、お前の口先には乗ってやらない。鉢屋の話を真に受けた振りをして、現状を考える。こいつの話が真実だろうがはったりだろうが、何が変わるだろう?注目すべきは、こいつが俺と全く同じ動作を続けていること。考えが読まれているか否かなんて関係ないが、何らかの形で俺の行動を先読みしているのは確かだ。ならば、読めたところで避けられやしない手で向かうしかない。捨て身。本音を言えばやりたくない。忍務でもない、課題ですらないただの茶番に命を掛けるなんぞ。しかし、仕方ない。
 こいつは、俺がこの手で終わりにする。

「あぁ、先輩。済みません」
「何だ?」

 定めた狙いを悟られないように、或いはもう分かっているのかもしれないが。じり、と一歩近寄れば、不破の顔をした鉢屋が眉尻を下げて言う。

「私としても、先輩ともう少し遊びたかったんですが」

――時間です。

 言葉と同時に跳ぶ。高みから無造作に振り下ろされる苦無を腕に忍ばせた棒手裏剣で受け、瞬間、思考が停止した。

 泣きそうな顔の、傷だらけでぼろぼろの、伊作が俺に苦無を向けていた。

「いさ…」

 一瞬で充分だったのだろう。苦無はその手を離れ、代わりに喉に巻き付く細い糸の感覚。
 意識を手放す瞬間、伊作が鉢屋の表情でにやりと笑った。




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