こういう戦い方が苦手だという自覚がある。道化も良いところだ。心の中で苦笑して、それがうっかり顔に出ないようにしかと先輩を見つめた。
 直線的な手刀は予備動作故に分かりやすい。どうもこちらが武器を持たぬに合わせているらしく、懐に忍ばせた何かを手にする様子はない。それが狙いと何故気づけないのか。半身回って腕を撃ち落とし、足を取ろうと身体を沈める。とっさに前転して避ける先輩。流れてしまった体勢に冷や汗が滲む。しかし追撃はこちらの予想よりも僅かに遅く、腕の力で跳ね起きるのとほぼ同時。髪の毛一本で交わして大きく飛びすさり距離を広げる。

「期待を持たせるのは残酷に思えます。私が先輩から逃れ得るなど、その力加減故と分かりきっておりますのに」

 心にも無いことを。視線を射殺すばかりに突き通し、その表情をじっくりと観察する。居心地は悪そうで 仕切りに首の後ろを掌で拭っている。

「俺は…お前が思うほど強くない」

 ぽろりと、ほとんど無意識のうちに零れたであろう台詞。それを待っていた。戦況は二段階目に移る。

「何故そう自らを貶められるのか。貴方は全てに於いて私よりも優っているのに」

 がむしゃらに崩れた体勢から突き出された先輩の拳は、身を捩るだけであっさり流れる。腕を取るのはまだ無理だと判断。足払いをかけて、無様に尻餅をつかせる。
 見下ろせば茫然とした先輩の顔。

「何か焦っておいでですか?」

 言葉は鎖だとあいつは言った。実の鎖に代わるものではなかろうが、今なら少しその言葉の意味がわかる。こうして徐々に絡め取られ、やがて動きを停止する。
 茫然としていたのは一瞬で、すぐさま跳ね起きた先輩は大きく距離を取る。無造作に距離を詰めれば、その分、先輩が後退した。

「焦る必要などないはずでしょう?私ごとき、お強い貴方ならばねじ伏せるのは容易いはず」
「容易いものか。俺はそうそう自惚れんぞ」
「自惚れなど。事実なればこそ申し上げるのです。貴方は強い。この学園でも比類なき程に」
「俺は強くない。俺はそんなに強くないんだ」

 強くない。と繰り返す。一息に駈け、歪められた顔を殴りつける。それは至極弱い力で。殴られた先輩は、反撃も間合いを取ることも忘れて、ただ泣きそうな顔でこちらを見た。

「強くない…と言うか」

 努めて硬い声を出す。硬く厳しい声で。

「ならば行け!!」

 びくり。肩を揺らし先輩はこちらを見る。それが身を翻すと、一気に駆け出した。

 つと糸の途切れる微かな音。次いで轟音。
 炎にくるまれる様は、先輩にとてもよく似合っていた。




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