立つ男はその手に何も持たず、ひたすらにこちらを見つめた。硬く凝った視線は槍に似て、ただ真っ直ぐに突き抜ける。

「お待ちしておりました。潮江先輩」

 低く真っ直ぐな声。

「お前が相手か」
「役者不足はお詫び申し上げます。到底先輩に敵う腕の持ち合わせはございませんが、どうか一手試合うてもらえませんか」
「得物は、何だ」
「小手先技は逆に動きを妨げましょう。全力で向かうならば何も要りませぬ」
「そうか」
「では」

 竹谷は地面を蹴った。
 間合いを詰め、手刀が左脇腹に刺さる前に右掌底でその顎を撃ち抜く。しかし直前で顔を仰け反らせた竹谷がとんぼを切って離れたがため不発。追って詰め寄れば時計回りにくるりと避ける。背後取られるを良しとせず、合わせて回ればもう相手は地面を蹴って離れている。

「存外、身軽に動くものだな」
「到底及ばずともせめて、と鍛練を積む悪足掻きがさせるのでしょう。とはいえ先輩が全力を出せばついて行くのがやっとでしょうに」

 お戯れをと続ける竹谷。目はひたすらこちらに向けられる。仄かな居心地の悪さを感じてこちらから視線を切った。
 同時に深く沈み相手の懐に飛び込む。真っ直ぐに突き出した拳は狙った胃ではなく、厚い掌に当たる。腹を守った竹谷は衝撃のまま後ろへ飛び退き、しかしその爪先が湾曲する地面を的確に捉えて跳ねる。跳弾だ。肉薄する手刀をやり過ごすが皮膚一枚追い付かない。そのまますれ違うようにして立ち位置が入れ替わる。

「…一年という時の差ならば、まだ諦めもつきましょうに」

 竹谷は拳を受けた手を振って、軽く苦笑した。

「こんなにも重い拳が、私に打てましょうか。いずれは先輩の如く強う成りたいと。叶いはせぬと思い知らされた心地です」
「その割りには、始めに血を流したのは俺の方だが」
「ですからお戯れをと。遊んでおいでなのでしょう。私が至らぬばかりに。酷いお人だ」

 遊んでいるつもりはない。思ったが言葉にはならなかった。見つめる目が真っ直ぐで重い。

「そんなに本気でやってほしいか」
「望める立場にございませんが、せめてもの餞としていただけるなら至福でしょう」

 そうかと駆けて突き出した手刀は、横から打ち落とされて沈んだ。
 どんなに避けようとも向けられる視線が重くて仕方がなかった。




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