いつもとそう変わらない、怠惰な日になると思っていた。

 11:00

 伊作さんの事務所は、ぱっと見事務所に見えないコンクリート打ちっぱなしのボロいビルで、その二階、スプリングのへたったソファセットと無駄に立派な伊作さん専用デスクのある社長室(こう呼ぶのは伊作さんだけだ)に俺は入り浸っていた。
 いつものようにノートPCを机に広げ、いつものように伊作さんの濃いコーヒーを舐める。読み止しの新聞と吸殻で一杯の灰皿と。何も変わらない。

「鉢屋。今日は学校行かないの?」

 いつもと違うのは朝、伊作さんにかけられたこの一言くらいだった。


 13:25

 普段全くといっていいほど鳴らないプライベート用の携帯が、無機質な着信音を上げた。画面には公衆電話の四文字。この携帯番号を知っている人間はそうはいないから、誰からかは何となく分かった。

「・・・」
「いくら出す?」

 こちらの無言を構うことなく、何の脈絡もなく相手はそう切り出した。別に珍しい会話でもなんでもない。少々時間が早いというだけで。

「50でどうだ?」
「なら20でいい」

 珍しい会話でもなんでもないはずだったのだ。




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