2012/05/23 23:44


  ここにキスを落とす

 お前は今何をしているのか、知れるものなら知りたいよ。全く、お前がどこにいるのかすら知らないなんて自分が嫌になる。だから代わりに私のことを記そう。私は今、ここにいる。お前と初めて口付けをした、あの懐かしい学舎の一角。焼け落ちた校舎も、灰に埋もれたグラウンドも、こうして立っていれば想い出のままに蘇って来るようだ。
 初めて口付けをしたとき、お前はえらく冷静だったな。きつい眼光そのままに私を睨み付けるものだから、大層背筋の冷える思いをした。この私が柄にもなく動揺してしまったではないか。けれどもあれが本意じゃないなんて言わないだろう。三拍置いていきなり顔を赤らめるお前が愛おしくて仕方がなかった。今だって、すぐにでもこの腕に掻き抱いて閉じ込めてしまいたいのに。
 初めて口付けをしたとき、この場所で、赤い顔でそれでも目を逸らさないお前を見たとき、馬鹿馬鹿しくも私は誓ったんだ。生涯口付けるのはお前だけにしようと。お前の柔らかい唇の感触だけ、それだけで私は幸せだったんだ。

 なぁ、兵助。私は今日だけ、その誓いを破る。そしてこの場所に口付けを落とそう。初めて口付けをしたこの場所に。瓦礫の中から、紛うことなきお前の焼け縮れた髪が見付かったこの場所に。自尊心なんて捨ててしまって、子供のように泣いて、頬擦りをして、口付けを一つ。今日だけなのだから、情けない姿を見逃してくれ。
 この宛のない風聞はやがてお前に届くだろうか?お前は今どこにいて、何をしているのだろうか?どうか帰ってきてくれ。頼むから。私が口付けを落としたここに、帰ってきてくれよ。

 兵助…



―――

 注)兵助くんは生きてます

 お題はguilty様からお借りしました



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -