もどかしさに触れて | ナノ

真斗と過ごす時間は、ひどく心地が良い。
それは恋人という関係だからというのもあるかもしれないけれど、真斗自身の持つ空気がそうさせるのだと、思う。
二人でいるときに会話がなくても沈黙が苦痛だとは感じないし、思い思いのことを(例えば真斗が習字をしていて、翔が雑誌を読んでいても)していたとしても、別段気にはならない。
…けれど。
たまにはそれだけじゃ済まない日だって、あるわけで。

「…」

いつものように、でも今日は真斗の部屋ではなく、翔の部屋で。
翔は寝転がっていたベッドの上で、読んでいた雑誌から目を離す。
少し離れたところに置いてあるソファに座り、小説を読んでいる真斗は、すっかり集中しているようだった。
部屋に、真斗がページをめくる小さな音だけが、響く。
それを見つめては見るものの、真斗は翔の視線には気付かないようだった。
翔はそっと雑誌を閉じると、ベッドから降りた。
ソファまでのほんの少しの距離を音を立てないように歩いて、小説に集中しているその背後へとそっと向かう。
そして、

「わっ」
「っ、」

少しだけ勢いよく、ソファ越しにその背中に飛びつく。
余程周りの音が耳に入っていなかったのか、小さく声をあげて、真斗の肩がびくりと揺れる。その手から小説がばさり、落ちた。

「あ、悪い」
「いや、大丈夫だ。驚いただけだからな」

すまない、すっかり読みこんでいた。
小説を拾ってから、そう眉を下げて謝る真斗に首を振って、翔は背中に飛びついたまま口を開く。

「なー真斗」
「どうした?」
「キス、したい」

そう言って後ろから顔を覗き込むようにすると、面食らったような表情の真斗と目が、合う。
ぽかん、とした表情をして、それから頬に朱が走る。

「…ダメか?」

だって恋人同士なんだから、そういう日だって、あるだろ?
顔を覗き込んだまま見つめていると、真斗が息を吐いて参ったというように小さく言葉を吐いた。

「隣に、」

座ってくれ。
その言葉の意味するところを汲むと、翔はぱっとソファを回り込み、真斗の隣りへ腰を下ろした。
小説を脇へ置いた真斗の手が頬に触れるのを感じると、翔はその目をそっと閉じた。

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テーマ「人外ファンタジー」
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