──いったい何処の漫画から抜け出してきちゃったのかしら


彼に対する第一印象はこうだった。
もちろん目の前にいるのはれっきとした生物であり断じて絵の中から飛び出てきたキャラクターではない。今のは例え、である。しかしながらそれにしても美形だ。女の私より綺麗とはどういうことだ。

「人を見た目で判断するな」というのは人間にとって当たり前の教訓だけれど、どの角度から見ても麗しいその男性に正直私はあまり好感がもてなかった。まあ要するにただの妬みだ。

「何をしている」


ひたすら無表情で私を見る彼はまるで機械のよう。折角綺麗なんだからもっと笑えばいいのに、と思ったが何も言わずに私は彼を見つめる。こんなに予想外で楽しい状況、簡単に終わらせてたまるものか。私はできるだけニヒルに笑って──そして少しだけ甘えるような声音をだした。

「逃げてきたの」
「どこから」
「人間牧場」

その単語に彼は少しだけ反応する。目をすっと細めて何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに口をつぐんだ。予想外の反応に私の顔が思わずほころぶ。先程あまり好感が持てないと言ったが、こういうちょっと変わった反応をする人は、とても大好きだ。何だか苛めたくなってしまう。


「何で貴方みたいな美男子さんが、私何かに話し掛けるのかしら」
「傷だらけの女が自宅の前でへたりこんでいたらで誰だって声をかけるだろう」
「あら、ここ貴方の家だったの?ごめんなさいね」
「いや……追手でもいるのか」
「そうよ。おっかなあい人達が血相変えて私を探し回ってるの」

別に捕まろうと捕まらないであろうと大して変りはないのだが。体をエクスフィアで汚した私に待受けるのはわけのわからない理由で死ぬ運命のみ。つけていても死ぬ、外しても死ぬ、だったら何やったってどうせ死ぬもんは死ぬのだ。

「何故脱走した」
「どうせなら派手な死に方したいじゃない」
「…自殺するために脱走したと?」
「自殺するためじゃないわ。満足のいく人生の終わり方をするためよ」

そう、どうせ死ぬのなら格好よく死にたいだけだ。人間牧場内でクヴァル(……だったっけ)の陰謀通りにおとなしく死ぬぐらいなら、雪国でのたれ死ぬほうが断然いいに決ってる。いっそ自分でエクスフィアを外して化け物に変身するのも、なかなか斬新でいいかなあとも思ったが、他人を傷付けるのは嫌だった。

死ぬのは、全く怖くない。他人に憎まれるほうがよっぽど怖い。

だからこそ、今まで愛想ふりまいて生きてきたのだ。案の定、ちょっと控え目ににこにこ笑っていれば面白いくらいに人が寄ってきた。「よく出来たお嬢さん」と言われ続け、散々ちやほやされ、私は愛されキャラを見事に演じてみせたのだ。私がエクスフィアをつけられたときも沢山の人が泣いた。内心では「自分じゃなくて良かった」と思ってるくせに、みんな泣いていた。馬鹿馬鹿しさに、込み上げる笑いを堪えていたのを覚えている。


「まあ、死ぬことだけが目的じゃないけどね」
「……なにか他にあるのか」
「決ってるじゃない。このわけのわからない世界を捨てるためよ」


──自分らしく生きれない世界に生きてる価値なんてないでしょう?


そう私が問い掛ければ若干彼の瞳が揺れた。彼のことなど全く知らないから、もしかしたら気のせいかもしれない。だけどその瞳が真直ぐ、私の中にある何かを映し出しているのは確かだった。

「こんな世界のためなんかに、私のエクスフィアは使わせてやらないわ。何がディザイアンよ。素直にハーフエルフと言えばいいじゃない」
「それは差別があるからじゃないのか」
「だから嫌なのよ。差別があるからこそ、こんな世界大嫌い」
「…くだらん」

目の前の男は心底つまらなさそうに__かつ、何だか呆れたように溜息をついた。はて、私は何か呆れられるようなことを言ったのだろうか。私はただ人生最期の夢を語っただけなんだけれど。だからといって怒る気にはなれず、「くだらないかもね」と適当に相槌をうっておいた。見ず知らずの人だからこそ、変に取繕う必要もなかった。


すると彼がゆっくりと私の腕を掴み、ぐいっと引きあげる。

「立て」
「え」
「いいから立つんだ」


そのわりにやけに強い力で腕を掴まれた私は、立ったというより無理矢理立たされた。もともと人間牧場に収用されてからろくに食べてないので、体重は激減している。自分でもびっくりするほど簡単に立たされ、何だかあっけらかんとしてしまった。

「……何だその顔は」
「いや、何で立たされたのかしら、私」
「こんなところにへたりこまれたら困る。とりあえず来なさい」
「ちょ、ちょっと…」

私の肘を掴んだまま彼は歩き出した。どうやら自宅に私を連れ込むようで、本気で驚いてしまった。いろいろ格好つけたこと言ったけれど結局私は追われている身。わざわざ関わる必要もないのに。
小さく「何で」と呟けば鷲色の髪が揺れて彼が振り返る。相変わらず感情が読めない表情を私に向け、ゆっくりとその言葉を紡いだ。


「どうも私は変わり者が好きらしい」



(…そんなしょうもない理由でわざわざ危険を自宅に招き入れるのね)

あまりに真面目な顔でそう言うものだから、思わず私は吹き出してしまった。それだけでは止まらす、何故か腹を抱えて大爆笑してしまう。

「……何故、そこで笑う」
「だ、だって変わり者って……貴方の方が絶対変わり者よ」
「そうだろうか」
「絶対そうよ。そうに決ってる」

不思議そうに首を傾げる彼がさらにおかしくて、ただ純粋に笑った。

今までこの世界に生きることに価値なんてないと思っていたけれど、こんなおかしなひとと巡り合わせになれるのならば、ほんのちょっとだけ期待してもいいかな、と思った。


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10/12/2
修正 20101231
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