「ぜってえ、ここらへんで落としたんだよ!くそー何でないんだ!?」

ロイドが少しあせりながら草むらをかきわける。日はとうの昔にしずみ、あたりはすっかり暗くなっていた。

「ロイド、今日はもう暗い。明日あらためて――」
「あんな大事なもん、一晩放置できるかよ!」

ロイドは懸命に目をこらし地面に何か落ちていないか探る。自分の助言を聞かず慌てふためく息子の様子にクラトスは苦笑した。

ロイドが探しているのはクラトスからもらったロケット。自分と両親が共有した時間を証明する大切な宝物。あろうことかロイドはそれをこんな暗い夜におとしてしまった。それもロイドの膝の高さまである草むらの上に。予想通りなかなかロケットは見つからない。


一方クラトスは徐々に草むらの奥へと入っていくロイドを見て呆れた。自分たちは道なりに歩いていたのだから、そんな奥になどあるわけがない。せいぜいこの辺だろう、とクラトスは先程までロイドが立っていた足元を目で追いはじめた。


そこでふと、重要なことを思い出す。

この森はたしか―――


「ッ…ロイド!!」

珍しく大声を出したクラトスにロイドはびっくりして肩を揺らした。恐る恐る振り返り、怪訝そうな顔をする。

「な……何だよクラトス」
「いいからこちらへ戻ってこい!!それ以上奥に行くな!!」


だいぶ奥の方まで行ってしまったロイドを連れ戻しにクラトスは足早に彼のもとへ向かった。これもまた珍しく、額に汗を浮かべて。

「大丈夫だって……別にモンスターくらいなら急に出てきても…」

こちらを見ながらロイドが後ろ足をひいたとき。




そこには地面がなかった。






崖だ、と気付いたときにはもうおそくロイドの身体がぐらりと揺れて、重力に従うように下へ、下へ。


「っ…わ…!?」


――落ちる―っ!
反射的に目を瞑ったロイドだったが。

力強く、そして温かいそれがロイドの手のひらに触れて、きゅっと握りしめられる。

「と…父さん……」
「………っ…」

見上げればクラトスが、しっかりと手を掴んでくれていた。


* * *

そのあと無言で崖の上にひきあげられ、ロイドは気まずそうに正座をして目を泳がせる。

「えっと……あの…」


クラトスの忠告を聞かずに奥のほうへ行った自分。『戻ってこい』というのは最悪のケースを予想したクラトスの親としての命令だったはずなのに。暗闇だとここまで足元が見えなくなるんだな、と身をもって知った。

「さっ……さっきは無視してごめ、ん…」

そう言えばクラトスの拳がロイドの顔に近付く。殴られることくらい、ロイドは覚悟していた。当たり前だ。親の忠告を無視したのだから。怖いわけではなかったが静かにロイドは目をつむり、来るであろう痛みを待った。

…しかし心の中で10秒数えても衝撃はこない。不思議に思い、ロイドがゆるゆると目をあけ様子を伺うと、握りしめられていた拳は解かれ変わりにその指先がロイドの頬に触れた。

「殴れるわけが……ないだろう……っ」

顔を伏せたクラトスの表情は伺えない。しかし優しく腕を掴まれ、彼の胸に抱き留められれば容易く彼の異変に気がついた。

(……震えてる?)


まさか、クラトスにかぎってそんな、とロイドは思ったが。「怪我はないか?」と囁かれたその言葉もやはり震えていて。ロイドはすぐに彼の心中を悟った。

「父さん」
「……何だ」
「オレはどこにも行かないよ」
「……」
「もう、どこにも行かない」


離さないと決めたから。離して何かやらないと決めたから。

「父さんを一人に何かしないよ」


こんなにも彼が大好きだから。


「ロイド…」
「だからありがとう。今度こそ、オレの手握ってくれて」

にへらと笑いながらロイドがいう言葉は過去のクラトスの罪を受け止めるもので。

崖からすべりおちる、小さなロイドの手を握ってやれなかったクラトス。


そんな彼にも、ほらこうやってロイドは。

「へへ…やっぱ父さんの手、大きいな」

大きさをはかるように、てのひらとてのひらを優しく合わせて無邪気に笑いかけてくれる。

失った時間を埋めるようにロイドのてのひらがクラトスの悲しみを癒していった。

「…父さん?」
「すまない。……あと少しだけ」

重ねられた手に指を通し、繋ぎ止める。
きっと過去の悲しい傷も、このてのひらが未来へ繋げてくれると信じて。





てのひら

ほら、こんなにも温かい。
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