ロイドの腕をつかみ咄嗟に出たその一言。なかなか言い出せなかったその3文字はふとした瞬間、すんなりと転がり出た。しかもタイミングだの雰囲気だの完全に無視した真っ昼間の宿の個室で。
(……オレ様、一体何してんだろー………)
この年で、しかも百戦錬磨というステータスで純情に真っ赤になりながら言うことではない。自分でもそう思ったが、もう遅い。ゼロスにとっては人生初の劇的な瞬間だったのにもかかわらず、目の前の少年はぱちぱちと瞬きしたあとゼロスをいつもの表情で見つめた。
「いまさら何言ってんだよ」
「っ…あのなあ…オレ様が言ってるのはそっちの意味じゃないんだよ」
「…?お前、どうしたんだ?」
予想通りの反応にゼロスはがっくりうなだれる。ロイドのことだから、こうなるだろうとは思っていたが、せめて「ありがとう」と笑ってくれたっていいのではないか。それが目の前の少年ときたら、喋らなければ二枚目のゼロスの本気の告白をさらりと受け流した。彼のファンが聞いたら大騒ぎになりそうな話である。
(…まあ………これがロイド君だしな…)
もはや諦めたゼロスは「何でもない」と一言呟いてロイドの腕を離した。しかし、離したはずの右腕を逆にロイドに掴まれる。
「…ロイド?」「待てよ。そっちの意味じゃない…って言ったよな?」
ああ、と肯定しようとしたゼロスの腕をいきなり引き寄せて、ロイドは彼の額に口付けた。あまりの突然の行動にゼロスは照れる暇もなく、体を硬直させる。下から見上げられるキスは今回が初めてではない。しかし、相手が相手だったし、おでこなんて位置もめったになかった。
「…こっちの意味だろ?分かってるよ、それくらい」
唇を離したあとむす、とロイドはゼロスを見上げる。もはやここまでされればいくら遊び人のゼロスとて、茫然とするしかない。案外この男、自分より女たらし(…いや男たらし?)なのではないかと思うゼロスであった。
「き…気付いてたのかよ……って、それじゃあ……」
「言っておくけど、オレはぜってー女の子役なんて嫌だからな!!!」
言うやいなや逃げるように部屋を出たロイドは耳まで真っ赤に染まっていて。そんな彼に愛しさを感じないわけがない。
「ま……まじかよ……」
何だかこちらも恥ずかしくなってきて、へなへなとその場にへたりこむ。やはりロイドは今まで愛を語ったどんな女性より手強かった。
(…でも、夜の主導権だけは…絶対、渡さねえぞ……)
渡したり何かしたらとんでもないことになる。少なくともゼロスはそう思った。何しろあのクラトスの息子だ。今はあんな風に素直で純情でまあ男にしては可愛らしい少年だが、将来声も雰囲気も色っぽくなられたら、こっちがたまらない。たまらないというか、いろいろとヤバイ。
「あれ、ちょっと待てよ…」
『いまさら何言ってんだよ』
ロイドの発言を復唱する。つまり彼は……
「そっちも気付いてたのかよ!!?」
ゼロスの言葉の意味だけではなく、今までゼロスがロイドに寄せていた恋心まで見抜いていたということだ。それを知ったとたん急激に夜の主導権を握る自信がなくなってきてしまった。やはりロイドには敵わない。きっとそれは、今までもこれからもずっと、ずっと。