さっぱり思い付かない。

「う〜ん…」

柄にもなくロイドは何時間も深く考えこんでいた。飽き性の彼にとってこれは(仲間が聞けば)驚愕な事実であり、同時に「いったい何を考えているのだ」と問いただしたくなるようなことでもある。しかもダイクの家の庭で、ノイシュをじっと見つめながら考え事をしているのだから、相当奇妙な光景だ。


「細工物は…好きそうには見えねえよなあ」

ノイシュの柔らかな毛を撫でながらロイドは何度目かわからない溜息をついた。考えているのは彼の父、クラトス・アウリオンのことだ。彼のことで悩んだのはもちろん今回が初めてではない。彼が一時的に敵にまわっていた頃何かいい例だ。彼の意図がわからない不思議な言動には頭を抱えた。味方なのか敵なのかはっきりしろと怒鳴ってやりたかった。今となってそれは不器用な父親の愛情であると気付き、彼には本当に感謝している。だからこそ、今もまた彼のことで悩んでいるのだ。


「まさかノイシュ…ノイシュなのか!?いや、さすがにノイシュは……だけどクラトスだしなあ…」
「私がどうかしたか」
「うわあっ!!???」

突然聞こえた低い声にロイドは仰天して体をびくりと震わせる。振り返れば悩みの種である男が不思議そうにロイドを見つめていた。

「……とうさ…じゃなくてクラトス」
「ああ」


慌てて訂正したロイドに気付いて、クラトスは笑みを零す。おそらくクラトスは気付いている。ロイドが彼を「父」と呼ぶことに本気で嫌悪しているのではなく、単に照れているだけなのだと。


「あのさ…」
「ん?」
「アンタの好きなものって何だ?」
「………」
「いや…あの、アンタ…もうすぐデリス・カーラーンに行っちゃうだろ?今まで世話になったから…何か欲しいものあるかなって」


世界再生の旅。そしてテセアラでの精霊の旅。世界統合だって彼なしでは成し遂げられなかったことだ。敵と味方を行ったりきたりする彼には戸惑ったが、彼が父親だとわかり、そして誰よりもロイドを想っていてくれたその優しさに気がついた。ロイドが知らないところで彼はロイド以上に悩み、そして苦しんでいたに違いない。

世話になった父親に、何か形に残るお礼がしたい。世界を統合する前からそう思っていた。

「そうか……」

最初はぽかん、とロイドを見つめていたクラトスだが、話を聞き終わるとそれはもう本当に柔らかい微笑でロイドを見つめた。

「……で、もしやノイシュというのは…」
「の、ノイシュは連れていくなよ!!オレのだからな!!」
「ああ、わかっている。それに…欲しいものなど、今となってはないからな」
「え?」


クラトスの発言にロイドは顔をしかめたが、すぐに言葉の意味に気付いた。彼の言う欲しいものとは、既に身近にないものではないのだろうか、と。


──アンナ、とか。


「そういうことではない」
ロイドが思ったことを言えば、クラトスはかぶりをふった。

「……そのままの意味で今は欲しいと思えるものがないのだ。一つも。」
「ええっ!?そうなのかよ!?」
「世界は統合された。それで十分だ」
「………アンタってたまに思考がコレットに似てるよな。もっと貪欲になれよ。ゼロスみたいに」

そうロイドに言われてクラトスは困ったような顔をした。普段はあまり見せない人間らしい表情に、思わずロイドは吹き出す。今ごろ二人の神子が盛大にくしゃみをしていることだろう。

「じゃあさ、好きなものとかは?オレに用意できるものなら何でもあげるけど」
「何でも、か」
「ああ!!」

明るくロイドが返事をすれば、クラトスが少し考える素振りをみせた。ちらりとロイドの様子を伺い、また目線をもとに戻す。

クラトスのすきなもの。
正直、ロイドはあまりクラトスのことを知らない。普段の会話は一方的にロイドが喋っているからだ。ロイドも薄々気付いていたがクラトスはあまり自分のことを語りたがらない。ロイドが小さい頃のこと、またはアンナのことであれば質問をしても答えてくれるが、クラトス自身のことは大抵の場合、上手く誤魔化されることが多かった。性格のわりに意外と照れ屋な彼のことだから、本当にただ恥ずかしいだけなのだろう。そういうところは、やっぱり自分と似ているよなあとロイドは頭の端で思った。


やがてクラトスは顔を上げる。なんだなんだとロイドが姿勢を正し期待のまなざしを向けると、クラトスは呆れながら彼の頭をぽんぽんと優しく叩いた。




「……秘密だ」
「ええーー!?そりゃないだろ!?」
「それに言ったところで用意などできやしない。お前が困るだけだ」
「なんだよーオレには不可能っていうのか!?」
「気持ちだけ、頂いておこう」
「え、ちょ、まてよ!!」

言うやいなや背を向け歩き出した父親に驚き、ロイドは慌ててあとを追う。ワオン、とノイシュが楽しそうに鳴いた。おそらく何となく主人──この場合クラトスの──真意に気付いているのだろう。

クラトスが好きなものなどまわりの人間(またはノイシュ)からしてみれば簡単にわかる。あの優しいまなざしをたどれば、自然に答えは導きだされるのだから。


「おい、聞いてんのか父さん!……あ」

思わず口から出たことばにロイドは硬直する。ゆっくりとクラトスが振り返ったときには、トマトよりも真っ赤に染まったロイドがいた。

「…やっと、呼んだな」
「だあああっ!!もう、クラトスのばか!!恥ずかしいんだよ、今更父さんだなんて!!だいたい、オレが困るようなものって何だ!」


ぎゃあぎゃあ喚きちらすロイドをクラトスはどこまでも優しく、そして愛しそうに見つめる。
結局のところ彼らは似た者同士、本当の気持ちを言えないただの照れ屋なのだった。


++++++

10/12/01
父さんのすきなものとか言うまでもない。


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