午前中の家事を終わらせたアンナが一息つこうと卓上にコーヒーを置いたとき、向かい側に座っていたロイドは何やら絵を描いていた。小さな手をクレヨンで汚しながら、せっせと取組んでいる。

「何描いてるの?」

アンナが身を乗り出してロイドの絵を覗き込めば、ロイドはにこにこと笑って「サンタさんに頼むの!」と言った。要するに絵に描いて枕元に置いておくというやつだ。

ここでわかる人にはわかるだろうがクリスマスイブというのは大人の陰謀が見え隠れするもので、毎年この時期になれば親はさり気なくサンタに頼むものを子から聞き出さなくてはいけない。当然、アウリオン家もそうなのでアンナにとって今の状況は最大のチャンスである。しかしながら、ロイドが何を描いているのかさっぱりわからなかった。幼児のお絵描きなんだから仕方がないが、もう少し原型があればわかるんだけどな、とアンナはこっそり苦笑する。

「何を頼むの?」

別に感づかれることもないだろうと判断したアンナはできるだけ自然に問うた。何せこのサンタ信仰心だ。今年も上手くばれずに贈り物ができるだろう、と思っていた。


「あのね〜」


しかしロイドは満面な笑みで、とんでもないことを言ってみせる。


* * *


ロイドを寝かしつけたクラトスが二階から階段でおりてきたのをみて、アンナは小さく彼の名を呼んだ。

「……どうした?」
「ちょっと相談したいことがあるのよ」

ふう、と溜息をついたアンナのテーブルの向かい側にクラトスが腰掛ける。


「それで、どうしたのだ」
「……ロイドのクリスマスのプレゼントのことなんだけどね」
「何が欲しいかわかったのか」
「というか自分で言ってくれたのよ。……もしかして、先に聞いてたりする?」
「いや、私は知らない。それで?何が欲しいんだ、あの子は」


う、とアンナは言葉を詰まらせる。もともとそのことを話すためにクラトスを呼んだのだが、いざ言うとなると躊躇してしまう。そんな彼女をクラトスは呑気にお茶を飲みながら不思議そうに見つめていた。

──やはり何も言わなければ始まらない。アンナは意を決し、遂にその言葉を口にした。


「妹、ですって」




──ごとり、とクラトスがコップを落としていた。



「…貴方今、すごく間抜けな顔してるわよ」

完全に動作を停止してしまったクラトスを見てアンナは少しだけ顔がにやついてしまった。彼がこういう反応をするのは余程動揺したときだけだ。
…用意しようと思えば、用意できるものだからなおさら。これが「お姉ちゃん」ならここまで悩まなかっただろうに。

(…年齢を重ねても何処までもウブなのね……)

もちろん初恋の自分だって人のことは言えないけど、とアンナはくすりと笑った。



* * *

「…………で、結局あんたらはどうしたんだ?」

瞳を好奇心で輝かせてロイドはクラトスに問う。長い年月を隔てて、事実上息子とは四回目のクリスマスのクラトスは──ついつい思い出話に花を咲かせてしまったのだ。


「たしか……アンナと二人で、コウノトリの話をお前にしたはずだ」
「コウノトリ?」
「ああ。サンタは命をあつかえないから、コウノトリが来るまで待て…と」
「なんだよそれ」

説明になってねえじゃん、とロイドは笑う。白い息がふわふわと漂い、舞っている雪へと溶けていく。フラノールの冬は予想以上に気温が低かったのに自然と寒さは感じなかった。

「でも、妹なんていなくてよかったよ」

ぽつり、とロイドが呟いた。それにはクラトスも驚いて意外そうな表情を向ければ、ロイドは少し照れたように笑いクラトスを見上げてくる。


「だってひとりじめできないだろ。母さんも──クラトスも」
「……くだらん」
「あ、クラトスが照れてる」

けらけらと息子に笑われたクラトスはふいっと顔を背けた。妙に彼の耳が赤いのは寒さだけが原因ではない。

ふと、瞼に冷たい雪が舞い降りて導かれるように空を見上げた。今年のフラノールの雪は──いつの年よりも美しく、そして儚く見えた。漆黒の夜空から雪が降るこの景色を、彼女は今も見ているだろうか。

するとクラトスの左手にロイドの右手がおずおずと絡んでくる。外気は冷たいはずなのに、その指先はどうしようもなく熱かった。

「……照れているのは、どっちだ」
「あ、ばれた?」
「やけに手が熱いからな」
「クラトスだって熱いじゃんか………こういうことするの、初めてじゃないくせに」

何だか同じような言葉をアンナにも言われた気がする。クラトスにとってアンナは初めての相手ではない。初恋はもうずっと──何千年も前の話だった。だけどアンナが生きていたあの頃も初恋のように、照れてばかりで、なかなか素直に「好き」と言えなくて、彼女に触れることもできなくて。結局順番なんて関係なかった。彼女のあの優しさと愛情に慣れてしまう方が愚かだと、クラトスは思った。

ロイドが相手だって、ほら。今まさに左手が震えてしまっている。


「──ロイド」
「ん?」
「今年は何が欲しい」

照れていることがバレないよう、クラトスが苦し紛れに話題を変えれば、ロイドはおかしそうに笑う。そして、本当に小さな小さな声で──だけれどしっかりと、こう言った。


「もうもらってるよ、14年間分」
「…?」
「おかえり、父さん」


言葉の意味に気付いたクラトスは、少しの間赤面するしかなかった。



++++++
10/12/11

結局父さんの初恋の相手っていったい誰なのかという件。何となくソレイユさん(※参考:ファンダム2)ではない気がする。でも王女と騎士団長って設定は激しく大好きだからそれでいい気もする。あ、もちろんクラアンが一番ですよ(笑)


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