相変わらず窓の外はフラノールの雪が舞い続けている。次の日に救いの塔への潜入を控えた夜、ゼロスはぼうっと窓を見ながらこれからのことを考えていた。厳密に言えば最期の作戦のこと。20年余りの長くあまりにも残酷な人生の──完璧な総仕上げ。かけがえのない妹のために、そして自分のために。
死を選ぶことに、何のためらいがある?
「今までいろいろとありがとうな。ゼロス」
すると相部屋のロイドが何気なく自然に言うものだから、考えごとをしていたゼロスはその言葉を聞き逃すところだった。たっぷり3秒かかって言葉を理解したあと彼を振り返れば、珍しく真面目な顔をしたロイドがベッドの端に腰掛けている。
「い…いきなり、何言ってんだお前」
「んー、わかんねえ。でも明日救いの塔に行くだろ?今のうちに言っておこうと思って」
特に他意はなかったようで、ロイドはそのままベッドに潜り込み就寝をしようとしている。ゼロスは少し顔をしかめたあと、ロイドの枕元へ歩み寄り彼の額を軽く小突いた。
俗に言う、でこピンだ。
「いてっ!何すんだよゼロス!!」
「ばあーか。そんなこと言ってるから、お前は…」
見上げてくるそのあどけないロイドの顔見つめながら、ゼロスは目を細める。
ずるい、と思った。
よりにもよって死ぬことを考えている自分に、彼から離れることを決意した自分に、「ありがとう」なんて簡単に言えるロイドが。
「ゼロス?」
「なあ、ロイド」
「ん?」
「お前のこと信じてるからな」
静かな声でゼロスがそう言えばロイドはきょとんと彼を見つめたが、すぐに満面の笑みをこぼした。
「ああ!明日は、頑張ろうな!」
「……おやすみ、ロイド」
「おやすみ」
ロイドの頭をぽんぽんと叩き、ゼロスはふうと溜息をつく。ロイドは余程疲れているのだろう。ほんの数分も立たないうちに、小さく寝息をたてはじめた。
(本当、無防備だよなー… )
すうすうと眠る、目の前の彼をゼロスは苦笑しながら見つめた。自分は明日、こんな無垢で無邪気な子供の両腕を──自分の血で汚すことになる。
結局、自分は誰の味方だったのか。妹?それは始めからだ。明日のことだってすべては神子の権利を妹セレスに譲るため。いくつもの裏切りの原因を辿れば、そこには必ず涙を流す彼女がいた。
でも結局は誰の味方でもなかったと、ゼロスは思った。望まれずに生まれた命は、最期まで誰の役にもたたない。一人で勝手に裏切って、一人で勝手に死んでいく──それはまるで陳腐な人形劇のように。
ロイドは泣くだろうか。
殺したことに、後悔するだろうか。
柔らかな彼の鷲色の髪を撫でながら、ゼロスは絶えず思った。否、想った。彼の人生に転がりこむように現れ、容赦なく彼の心に入り込んだロイドのことを。いつのまにかゼロスの大切な何かを盗んでいった、無邪気なその笑顔を。
「ロイド」
小さく、優しく彼の名前を呼ぶ。声に反応するように、もぞもぞと体を動かしたロイドは相変わらず夢の中。寝返りを打った彼にゼロスは、初めて縋るような声をだした。
「信じてるから」
ロイドになら、幸せな終わり方ができると。
自分が死んだことも、ハッピーエンドの一つにしてくれると。
「お前を信じてるからな」
──結局、別の意味で囁かれた二度目のその言葉は、最後までロイドに届かなかった。
20101215
修正 20110109