忘れてはいけない、と切実に思った。彼女の笑顔も優しさも温かさも。今ある幸せが大きく大きくなるごとに記憶が少しずつ消えていくことを自覚してしまったから。




シルヴァラントで旅をしているころはやはり彼をアンナと重ねて見つめることが多かった。自分へむける仕草や言葉のひとつひとつが懐かしい、と思ったしああやはり彼は自分とアンナの子供だな、と実感することもあった。

だけど一度離れて、ふたたび彼の仲間になってから気付いてしまったことがある。

「父さん」
「何だ」
「へへ・・・だいすき」

他愛のない会話の中で忍び寄る小さな予感。アンナに似ていると思っていた笑顔が自分のいない間にいつのまにか変化していたこと。もうしっかり、ロイドの笑顔になっていたこと。

それはロイドの外見が変化した、という意味ではなくきっと私が変わってしまったのだ。現に私はロイドをもうアンナに似ているとは思わなくなった。ロイドを通してアンナを見つめる必要がなくなったから。過去との決別を──選択したから。


それでも、忘れることは罪だ。私は過去のあやまちを忘れてはいけない。あやまちだけではない。彼女を愛したことも。死者が生きていられるのは残された者の記憶の中だけなのだから。

「父さん、今すげー考えごとしてるだろ」
「・・・何故わかった」
「わかるよそんなの。ずっとアンタを見てたんだから」
「何を考えているか、わかるか」
「んー・・・多分難しいことだろ。オレには理解できないような」
「そうでもない」

単にお前のことだ、と言えば彼の顔が赤く染まって。頬をゆるめて彼をみつめれば彼の口が馬鹿、と動いたのがわかった。


ロイドとアンナは別人だ。アンナは過去の者であり、ロイドは今を生きる者。どれだけアンナを想いはせようとやはり自分の心はもうロイドに染まっている気がする。

これはきっと自分が前へ進もうとしている証。

過去との決別は死者や罪を忘れることではない。
それらのものすべてを”過去”と認めることだ。

それは案外簡単なことなのに。その容易さに気付かないからこそ今日も人は後ろを振り返っているのだ、と私は思う。


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執筆日不明
修正 20101230
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