いつか、私達が貴方から離れてしまっても
どうか、どうか貴方は
いつでも笑っていてください。


彼からもらった優しさと
私があげた明るさを忘れずに。



どんなときも貴方はクラトス・アウリオンとアンナ・アーヴィングの宝物だから。















***




「結局…………父さんって、母さん一筋だよなあ」



背後からの声に、クラトスはぎょっと振り返った。

目の前には世界統合という偉業を成し遂げた英雄であり、また自分の子である少年がにやにやと父親を見ている。
アンナの墓の前で佇むクラトスは少年を目をまるくしたまま見上げ、そして黙りこんだ。
頬が若干染まっている。
いくら年月が過ぎようと、やはり妻のことを話題に出されると照れるのだろう。
目線を逸らして、口をつぐんでしまった。


そんな父親の姿にロイドはたまらず吹き出して、彼の隣へと歩みよる。


「あはは、父さん照れ屋だもんな、ごめん!」
「………大人をからかうんじゃない」
「だって母さんの話してる父さんが一番可愛いぞ」
「お前に言われても、嬉しくない」
「ひでえなあ」


相変わらず笑いながら、ロイドはすとんと腰掛けた。息子を横目にじとりと睨むと、向日葵のような笑顔が帰ってくる。この顔をされるとたまらず彼女を思いだす。今でも忘れられない、 あの女性のことを―――――



「恥ずかしいのはわかるけどさ。たまには母さんの話もノロケてくれよ。俺ばっかり覚えてなくて、ズルいじゃん」
「……………」
「父さん、一度も浮気してないし本当に母さんのこと大好きなんだなあ〜って思うよ」
「………私の中にアンナ以上の女性は存在しないからな」


ぽつりとつぶやくと、ロイドが少し驚いた顔でクラトスを見つめた。
クラトスはその深い色の瞳を伏せて、墓石を指でなぞる。ざらざらとした、石の感触。柔らかかった彼女の肌はもうそこにはないのだが、それでも彼女のエネルギーを感じた。確かにそこに「在る」という感覚と様々な記憶が蘇る。


もう、だいぶ昔に置いてきた彼女との日々。



忘れたわけではない。
ただ過去ばかり見ていては、前にはすすめない。
彼女のことが「過去になった」と自覚したのは、ロイドとイセリアで再会したときだった。
あの笑顔と眼差しと優しさを持ったロイドに触れて、忘れていたことを思い出した。

どんなに離れても
どんなに時が過ぎても
夫婦の手はいつだって繋がれていた。
もちろん今だって。



「…………そうだな。デリス・カーラーンに行く前に話しておこう」
「母さんの話………?」
「いや………お前の母親というよりも………」

そのあとの自分のセリフを考えて、クラトスは思わず笑ってしまった。


今はそれぞれの居場所があっても、同じ屋根の下で過ごしたあの日々はなくなりはしない。
色褪せぬことなく記憶の中で息を続けるあの向日葵は今どんな顔をして自分らを眺めているのだろうか。



「ロイド」
「ん?」
「忘れるなよ」


呟かれた言葉にロイドは驚愕の表情を浮かべた。
何を、とはあえて聞いてこなかったが。多分悟っているのだろう。実質的にはバラバラになる家族を思う、父親としての不安が。


少しだけ悲しそうでしかし優しい視線がロイドを見つめた。



「……………世界で一番愛した人の話をしよう」




きっと長くなってしまうけれど。
それでも、息子には伝えなくてはいけない。


彼がどれだけ愛されて生まれて どれだけ大切に思われてきたか。

「彼女」がどれだけ迷った結果だったか。


妻として、ではなく一人の女性としての生き方、
彼女の精一杯で不器用すぎる一生を少し語ってみたくなった。



本物の天使はクラトスの中で一人しかいない。










盛大なおノロケ話


だって今でも大好きだから。







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