「まあ、そのうち思い出すんじゃねーか?とりあえず飯食おうぜ、飯!!」
「………あのなあ……ちょっとは警戒とかしねえの?理由はどうであれ俺様不法侵入者だぜ?」


部屋から出ようとしていたロイドに溜息まじりに問い掛ければ、彼は拗ねたような顔をして振り返った。


「なんだよーお前が言ったんだろ?不審者扱いすんなって」
「そりゃそうだけど」
「それにさ、」


ロイドは照れたように目線をずらし、ぽりぽりと頬をかく。その顔が何故か朱に染まっているのを見てゼロスはぽかんと口を開いた。


「………な……何だよ。何赤くなっちゃってんの」
「え………いや…その、な?うん…………………………………やっぱ何でもねえや」
「はあっ!?ちょ、気になるだろうが!吐けー!!!」


ロイドの首根っこを掴んで揺すれば「痛い痛い」と彼がはしゃぎながら笑った。彼が来ていたTシャツがだらりと揺れる。夏なのにもかかわらず、長袖の大きな服を着ている彼は何だか異質に見えた。はて、何故こんな服を着てるのか。だぼだぼしているわりに薄い生地のそれをゼロスは掴んで、くいくいと引っ張った。


「…?」
「何だゼロス?」
「いや、お前暑くねえの?こんな服着て」
「え?……ああ、俺寒がりなんだ。8月でも夜は結構寒いんだぜ?」


言われて見ればロイドは朝から布団丸かぶりだったな……と今更思い出す。何だそんな理由か。そうと分かればゼロスはあっさり、ロイドを離した。当の相変わらずロイドにこにこと笑って、ドアノブを回す。その後ろ姿を眺めては、やはり違和感を感じた。


(………………)


顔をしかめて一唸り。
やっぱり何かある。とくにこのロイドは、何か自分と関係している。初めて目があった瞬間に感じた何かの感触にゼロスは名前がつけられなかった。


もとの自分がいた「テセアラ」のことは覚えていない。だけど。


「ゼロス?」



部屋の外で訝しげに自分を見つめているロイドをもう一度見つめる。茶色のその瞳は嘘をついているようには見えない。


いや…しかし。


「嘘だろ」
「え?」
「寒がり、ってのはな寒い季節に困るものなんだ。こんな暑い日には関係ない」
「……………」



「やめといた方がいいぜ?傷跡、結構残るから」


至極軽い口調でゼロスは言う。しかし、話している内容はロイドを驚愕させるほどの威力を持っていた。あまりの衝撃発言に固まってしまった彼に、ゼロスは呆れながら笑う。そしてしばしの沈黙。


「――――………」


ロイドが唇をそろそろと開けて、ゆっくりと掠れそうな声で呟いた。



「それは――…」
「ん?」
「それは、自分が経験した上で言っている口調だな」
「まあな」



ぽつりと呟く言葉はまるで人事のよう。

何度も言うがテセアラのことは一切覚えていない。しかし自分のことは何かと覚えているのだ。主に幼少期だけの話なのだが。では何故「あんなこと」をしたのか?それは覚えていないわけではなく、単純にわからないのだ。

あの頃はただイライラしていたから。


「もう阿呆らしくてやってらんねーけどな。ガキのころは結構やってたぜ?夜な夜なカッターナイフ持ってさ」
「そっか……何か意外だな」
「お前が言うなって。つーか、あのお父様知ってんの?」


ロイドは俯いて首を横にふる。まあそうだろうな。あの人天然そうだし。ゼロスはそう心の端で思いながら彼の長袖のTシャツを見つめた。そこまでして何故、腕を隠したいのかはよくわからない。

その視線に気付いたのかロイドは笑顔をはりつけ、渇いた声で笑う。


「はは、別に死にたいわけじゃねえんだけどさ。あんま上手くいってねえんだ。その、…学校で」
「…………」
「だから傷つけたり、迷惑かけた人の人数分、『ごめんなさい』って言いながら腕に、」
「もういいよ」

少し語気を荒くして言ったゼロスにロイドはひくりと体を震わせる。しかしすぐにへらりと笑顔を取り戻し「先に飯作ってくるから」と言って、パタパタと廊下を走っていってしまった。



「……………」


走っていく小柄な背中を目で追ったあと、もう一度振り返り彼の部屋を見回す。相変わらず散らかったその部屋は、ゼロスへ記憶を取り戻すヒントをくれようとはしない。何を見ても見覚えのないものだけなのだ。


(何なんだ一体…)


自分に似た人間が一人、
自分とは正反対の人間が一人、
親子として生活しているこの世界。


もしかしたら「物」ではなく、この世界の「設定」にヒントがあるのだろうか。だとしたらますますわけがわからない話になる。一体、何がどうなっている。どうして記憶を失う羽目になっている。



『ゼロス』




優しく名前を呼ぶ声に導かれて、目を開けたらこの世界だった。振り返り様に笑い、こちらに手を伸ばした「あの人」のことさえ、思い出せない自分に腹がたつ。何を伝えたかったのだろうか。何のためにこんな世界に、自分を連れてきたのだろうか。そもそも愛しそうに、だけど力強くこの腕を引いてくれたのは一体、




とんとんとん。


階段を足早に駆けていくスリッパの音にゼロスは目を伏せた。わざと飛び跳ねるような音をたてる彼の気持ちに心を震わせ、静かに耳をふさぐ。



しばらく
そのまま動けなかった。











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